企業法務に求められるスキルと司法書士資格の関係性

司法書士コラム

皆さんこんにちは。
本日は、「日本組織内司法書士協会」の連載第2回目として、企業法務に求められるスキルと司法書士資格の関係性について、当協会の泉匡人様にご執筆いただいた記事を紹介いたします。

連載第1回の記事でも書きました通り、企業法務に携わる「組織内司法書士」のお話は、身近に「企業法務部で働いている司法書士試験合格者の先輩」が居ない限り、なかなか聞くことができません。
「資格を取得すると、様々な進路が開けるんだ!」と、非常に刺激をもらえると思います。

今回の記事では、
「企業法務ってなんだか難しそうだけど、そもそも何をやっているの?」
「企業法務として働く上では、何が重要視されているの?」
「司法書士の資格を取ると、どんな風に企業法務に役に立つの?」

といった疑問を解消することができます。

司法書士試験の受験生合格者の方は勿論のこと、司法書士試験を目指そうか迷っていらっしゃる方も、是非ご覧くださいませ。

  ↓  ↓  ↓  ↓


こんにちは!日本組織内司法書士協会泉匡人です。
本日は、企業法務に求められるスキルと司法書士資格の関係性についてお伝えしたいと思います。

~おさらい~

★企業法務とは…
企業活動に伴う法律問題予防対応指導などに関する諸活動」の総称です。


具体的には、契約の審査、契約書のリーガルチェック、株主総会・取締役会の開催や運営、M&A、法律相談の対応、紛争(訴訟)への対応、社内規程の整備、労務のサポート、知的財産権の管理、債権の管理・回収対応、法令調査など、様々な分野についての取り組みを指します。

企業法務の業務(概要)

そもそも、企業法務の業務について、皆さんはどんなイメージをお持ちでしょうか?
一口に「企業法務」と言ってもその業務内容は多岐にわたります
まずは大雑把に整理してみると、「臨床法務」「予防法務」「戦略法務」の大きく3つに分けて考えることができます。

臨床法務

臨床法務とは、「臨床医」を想像してみるとイメージが湧くと思います。
例えば、外部の企業との間、時には従業員との間で紛争トラブルが発生してしまった場合に、その対処にあたる業務のことです。
訴訟になる場合には、社内・社外の弁護士と協働しますし、訴訟とまではいかない場合にも、取引先やお客様からのクレーム対応社員の不祥事への対応債権回収などを行います。

予防法務

予防法務とは、紛争やトラブルの発生を事前に食い止めるために、様々な対応や対策を講じる業務のことです。
契約レビュー社内規程の作成コンプライアンス体制の整備知財権関連の対応などを行います。

戦略法務

戦略法務とは、事業・経営戦略をもとに、法務の観点からその推進サポートする業務のことです。新規事業の立ち上げ組織再編海外進出などの際に、そのリスク分析法的提案法的手続きの計画と実行などを行います。
臨床法務・予防法務守りの法務と言われるのに対して、戦略法務攻めの法務と言われることがあります。

機関法務

3つに分けて考えることができると言っておきながら、もう一つ追加してしまうのをお許しいただきたいのですが、機関法務(商事法務)というものもあります。
機関法務は、いわゆるガバナンスに関する業務、つまり株主総会取締役会といった機関の運営をメインに行う業務のことです。各機関による意思決定後の登記申請も、もちろん含まれます。司法書士試験受験生・合格者の皆さんにとっては機関法務が一番イメージしやすいですよね。
機関法務は事務局運営の側面がありますので、会社によっては法務部ではなく総務部その他の部署が所轄していることもあります。

企業法務の業務内容に関してざっくりとイメージできたでしょうか。
もう少し具体的に業務内容をお伝えしていきます。

企業法務の業務(詳細)

法務としてメインの仕事であり、法務の基礎、決して蔑ろにできない業務は何だと思いますか?
先ほどの3つのカテゴリーを踏まえると、戦略法務でM&Aのディールを成功させる!臨床法務で紛争解決に奔走する!とお考えになるかもしれませんが…

答えは契約法務です

契約法務

企業は外部の法人、個人を問わず様々なお客様方と日頃取引をしており、契約締結する場面が多く発生します。外部のクラウドサービスを使いたいので利用規約をチェックしてほしい、という要望に応えることも契約法務の業務範囲です。
その契約書なり規約なりを法務部がレビューし、

リスクが無いか
・このまま取引を開始してよいか
・もっと自社に有利な条項に修正できないか
・どの部分についてどの程度なら妥協できるか


など、取引相手先の法務部と修正交渉を行います。先方に法務部が無い場合には、そこから委託された法律事務所などと交渉をすることもあります。
レビューだけでなく、「新規に取引をしたいので契約書を作ってほしい」事業部側から相談を受けることもあります。その事業担当者に聞き取りをしながら、業務内容商流を理解し、取引先とのパワーバランスも考慮しながら、最適と思われる契約書を、時間をかけて丁寧に作り上げていきます。
ちなみに、「明日までに用意しろ」と言われたら、無理矢理でもやるしかありません。社内の事業部の方々が、法務部にとってのお客さんのような存在であるからです。

もしも、取引先が海外企業あるいは外資系企業の日本法人ならば、多くの場合契約書は英文で書かれています。商社製造業などは、中国語による契約書も多いでしょうね。
最近はGoogle翻訳DeepLなど翻訳ツールの性能が向上していますので、それらを利用してクリック一つで翻訳し、内容を大まかに理解することなら可能です。ですが、レビューした上で修正する、あるいは先方と文章で交渉するとなると、翻訳ツールのみを頼りにすることはできません。契約書内で定義されているものと同じ語句を選んだ上で、当然文法的・語法的に正しく、口語ではなく契約書上適切な表現で英文を書くことは、翻訳ツールではまだまだ不十分な点があります。英文契約はボリュームが多いので、和文契約のレビューに比べて何倍もの時間がかかります

契約法務は日頃恒常的に発生する業務であり、企業の事業活動の根幹を支え、事業をスムーズに推進させる上でとても重要なものですので、企業法務に携わる場合には、この契約法務の業務からは逃れられません

契約法務において要求されるスキルとして一番重要なのは、ズバリ法律知識
と言いたいところですが、実はそうではないと私は思っています。

杓子定規に法律の規定通りレビューをして契約書を作ると、事業の実態に即さなかったり現場での運用に困るものになってしまったり、あるいは売上や経費等の計上処理の際に経理を困らせてしまったりする場合があります。
自社の商品・サービス事業スキームを理解していないと、そもそも何がリスクなのかどの部分ならば妥協してよいかこの契約書の規定はどの部分にその影響が波及するのかさえ、判断することができません
法律知識があるのは当然の前提で、それよりも業界全体の動向や、競合他社を含めた事業の内容を理解することを強く求められます。ここが法務の難しいところであり、面白いところでもあります。自社の商品・サービス業界に対する知見を増やし、事業により深く携わっていくことが、企業法務の真価なのだと実感しています。

法務はいわゆるバックオフィス的な立ち位置で、事業活動はフロント(事業部)にお任せではありません積極的に事業部側にも関与して、事業部側の方々と対等なレベルで話し合えるぐらい、できれば法務から最適解を提案できるぐらいに事業内容業界全体を理解しないと、「契約の中身に注文をつけるだけで何も分かってないな」と煙たがられてしまいます
と、自戒を込めて…

法律相談

法律相談(時に、いや頻繁に法律と無関係の相談もあります)は法務のもう一つメインの業務内容と考えられます。
これも先ほどお伝えした通りなのですが、ただ法律知識だけを伝えればよいというわけではありません司法書士試験科目で学ぶような法律で解決できるもの業界特有の業法の知識をもとに相談者の悩みに対処できるものもある一方で、業界特有の慣習取引先との関係性を踏まえる必要があるもの社内の他部門との連携性を考慮した上で対応しなければならないものもあります。

法務経理(売上計上部門)とは、連携を密に図る必要がある局面によく遭遇します。相談を受けて、「このケースなら契約書をわざわざ用意する必要はないだろう」と考えても、実は税務処理上、あるいは監査上、必要に迫られて契約書を作成することもあります

「取引先が期日通りに支払ってくれない。」
「取引先が破産した。」
「個人情報を取得したが、どう管理すればよいか。」
「キックバックを取引外の第三者に与えたいから契約書を作ってほしい。いや、契約書なんて無くても支払ってよい?」
「子会社の社員が本社のビジネスチャットに入る際には機密保持契約書は必要か。」
「2社と同時に株式交換したいから定時総会に間に合うスケジュールを組んでほしい。」

こういった類の相談が法務部門にどんどん寄せられます。
中には「いやそれ法務じゃないんだけど」「こんな事考えたことない…誰か他に詳しい人いないかな」と内心思いつつも「ご連絡ありがとうございます!」と言って相談者に詳細を聞き取りに行くようなこともあります。

法務に相談すれば解決してくれるものと思って(何でも解決できるわけじゃないのに、法務は何でも分かっていると思われがちです…)、社員や役員が相談を寄せてくれるわけですので、その期待に応えなければなりません。私はいつも飄々とクールに相談に乗っているのですが、「それは知らないなぁ。どうしよう」と煩悶の表情を隠して冷や汗をかいているのです…

機関法務

司法書士有資格者にとっては、機関法務こそ本領を発揮できる場面です。
日頃会社法や商業登記法を学習されている司法書士試験の受験生の皆さんに対しては釈迦に説法ですが、法律の規定に則り株主総会取締役会等の各種機関を運営していきます招集通知議事録の作成はもとより、登記事項も発生するようなグループ会社間の組織再編他社の買収案件にも関わることがあります。
司法書士試験の学習者や司法書士有資格者法務部にいれば、これらの業務を真っ先に頼まれることでしょう。あるいは、外部の司法書士事務所との連携を図る役割に就くかもしれません。
会社法や登記に関連する豊富な知識は機関法務の分野で大変役立つものですので、組織内司法書士こそが機関法務の分野においてその存在感と能力を遺憾なく発揮できるもの、発揮すべきものと思います。

ですが、最初のうちは机の上での勉強と実務はこうも違うものかと壁に突き当たるような思いをするものです。私は四方を壁に取り囲まれているような気分になりますが、案件があるごとに受験当時よりも更に勉強して実務に対応しなくてはなりません
議事録を作成する際は、大抵の場合はひな形過去の作成分を参考にはできるものの、イレギュラーな内容をどう記載しようかと悩みます。
また、債権者保護手続を踏む際は、二重公告をして簡単に終わらせるのか、あるいは各別の催告の方がコストが安く済むだろうか。債権者の数とその対応にかかる工数を比較してどちらがベターか。
そして、資本金や資本準備金を欠損填補のために減少させる場合はどの科目に振り分けたらよいのか。こんな点でつまずくことがあり、急いで簿記の勉強をしてみることもあります。
例を挙げるとキリがなく、試験勉強だけではカバーできない事が山ほどあり「企業法務において実務家として活躍するためには、日頃の勉強実務経験の積み重ねが欠かせない」なんてことは、皆さんも容易に想像がつくと思います。

最後に

司法書士有資格者は、企業法務で活躍するための基礎的な知識を十分に有していると思います。大きなアドバンテージがあるのは間違いありません。

ただし、企業の属する業界の知識自社商品・サービスの理解、学習だけでは習得できない実務上の知見を要求される局面が多くあり、それらの積極的な吸収を続け、研鑽を積むことがとても大切です。
言ってしまえば、これは何も企業法務に限ったことではなくおよそどんな職種に就く場合にも、ビジネスパーソンとしては当然に言えることですよね。

「すまじきものは宮仕え」組織内司法書士と言えども会社員であることには変わりはありませんので、組織の中で働く者としての苦悩やストレスも当然あります。大変なことが多そうだなと思われるかもしれませんが、企業法務稀有価値が高く他では得難い知見を深めることができる場であり、この記事を読んでいる司法書士試験受験生司法書士を目指そうか迷っている方も!)、そして合格者の皆さんにとっても、魅力的なキャリアパスになりうると私は思います。

ではまた次回!

BACK NUMBER

タイトルとURLをコピーしました