即独開業司法書士の登記業務~司法書士試験(記述式)とのつながり・違いを中心に~

司法書士コラム

こんにちは、講師・司法書士・行政書士米谷です。

今回は、司法書士試験合格後、すぐに独立開業した私の業務の日常を紹介します。
その中で、司法書士試験のうち記述式試験と実務がどのようにつながっているか、また相違点があるかをお話ししたいと思います。

司法書士として何の業務をする?

「司法書士になったら、何の業務をしていくか」ということは、独立開業したら自分で決めなければなりません。
なかなかイメージのわかない方には、いろいろな業務を手掛けている事務所を選んで就職し、まずは体験してみて、自分が将来力を入れていく業務を見つけていくこともおすすめです。

私の場合は、長い会社員生活をやめて、自分で仕事をしていくことが最大の目標であり、迷うことなく、配属研修の後、すぐに個人事務所を立ち上げました。
そして、

1)司法書士試験であれだけ登記の勉強をしたのだから、不動産登記商業登記は主要な業務としたい。
2)成年後見業務のように、長い期間にわたってご依頼者等をサポートしていく業務よりは、都度ご依頼を受けて、業務を完了して、報酬を得るという、個別に完結する業務を中心としたい。

ということで、不動産登記では、不動産取引の決済(※)相続登記とを、商業登記では、会社変更登記会社設立登記とを、まずは一生懸命やってみる、ということにしました。

(※)不動産取引の決済とは…
売買される不動産の買主が売主に売買代金を支払い、取引の対象となる不動産を引き渡すことです。司法書士は、不動産の売買代金の支払い所有権移転登記同時履行を実現させるために、不動産の売主・買主、不動産の仲介業者(場合によっては抵当権設定銀行、抵当権抹消銀行の担当者等)が一堂に会する、決済引渡し日に立ち会います。

司法書士の具体的な役割としては、決済引渡し日までに売買契約書、売買物件、売買当事者の確認をし、登記申請に必要な書類の作成等の準備をします。そして、決済引渡し日当日の現場では、不動産という高額な資産に関する取引がなされることから、その取引の真実性・信用性を担保するために、司法書士が実際に売買当事者の本人確認を行い、売買代金の決済がなされることを見届けた上で、所有権移転登記を申請します。

開業して3年半くらい経過しましたが、それぞれ何とかご依頼を頂き、経験を少しずつ積むことができています。もちろん、上記の登記の仕事だけでは残念ながら事務所経営は成り立たないので、その他、許認可申請、契約書作成等行政書士業務、銀行等の相続手続き代行遺言書作成・保管サポート、そして、クレアールの司法書士試験講師など、やってみたいと思ったことは何でも挑戦するようにしています。

今回は、不動産登記では決済業務について、商業登記では会社変更登記について、日常的にどのような仕事をしているかを、司法書士試験(記述式)とのつながりや違いを含めて、紹介したいと思います。

不動産登記の実務について

決済業務のあらまし

個人開業の司法書士が決済の仕事を頂くのは容易ではないです。やはりハウスメーカーや不動産会社と取引のある大手決済事務所に依頼が集中するからです。
それでも、知り合い(例えば以前の相続登記のご依頼者)から、個人同士の不動産取引の決済を頼まれたり、知り合いの不動産会社が、タイミングが合ったときに、決済を依頼して下さったりするときがあります。

司法書士の登記業務の中でも、もっとも責任が重く、緊張する業務の一つですが、比較的短期間のがんばりで確実な報酬を頂けるので、もちろん喜んで受任します。
責任が重く、緊張する、というのは、不動産売買の売主、買主の本人確認適正な売買取引を行うという意思の確認とに大きな責任が伴うということと、決して登記申請を間違えられないという緊張感のことです。

不動産売買の決済業務の登記申請の組み立ての典型例は次のとおりです。

売主の住所変更登記(売主の登記簿上の住所と印鑑証明書の住所が異なるときに必要となります)
抵当権抹消登記(売主名義の所有権に設定されている抵当権を抹消します)
所有権移転登記(売主から買主への所有権の移転です)
抵当権設定登記(抵当権設定を条件に、買主が銀行とローン契約をして、今回の売買代金について融資を受けます)

このときのお金の流れは次のとおりです。

🈩 融資:新しく抵当権設定を受ける銀行→買主
🈔 不動産売買代金:買主→売主
🈪 不動産売買代金を元手にローン残債返済:売主→既存の抵当権を抹消する銀行

このお金の流れをしっかり見届けることも司法書士の仕事です。

決済業務における登記申請

上記の⓪~③の登記連件申請でおこなう必要があります。
何となく、司法書士試験の不動産登記の記述式試験の内容に近い気がしませんか?

このとき、⓪の売主の住所変更登記が必要なことに気が付かないまま、①~③の登記申請をしてしまうことが、「決してやってはいけない」失敗です。
なぜなら、住所変更登記をしないで、登記を申請してしまうと、①~③の登記も却下されてしまうからです。⓪の住所変更登記をしないと、売主の登記簿上の住所と印鑑証明書の住所が異なるわけですから、登記名義人(売主本人)ではない別人からの申請として扱われます。
その結果、①~③の登記もすべて却下されます。 改めて登記を申請し直さなければならないわけです。

そうすると、登記受付日付が決済当日の日付とならず買主にとっては、「売買代金を支払った当日になんで所有権移転の登記申請が受け付けられていないのだ?」ということになり、抵当権設定銀行にとっては、「抵当権設定登記を条件として、資金を融資したのに、なんでその当日に抵当権設定の登記申請が受け付けられていないのだ?」ということになって、大問題となるからです。

一方で、例えば、委任状の記載の誤記や、住民票の写しを添付し忘れたといった場合は、法務局から電話がかかってきて(本当にどきどきします)、補正の通知を受けて、誤記を訂正したり、住民票の写しを追加提出したりすれば、登記はなされます。
この場合は、「取り下げを要しない補正」であり、大きな問題にはなりません
(私も、決済業務では今のところ、このような補正通知を受けたことはありませんが、相続登記や商業登記では、しばしばあります。その都度、恥ずかしい思いをします。)

司法書士試験(記述式・不動産登記)とのつながり

私は、司法書士試験の記述式・不動産登記の採点方法の詳細を熟知しているわけではありませんが、「連件申請において、いわゆる前提として必要となる名変登記(登記名義人の住所・氏名の変更・更正登記)を抜かしてしまう」ミスは、大きな減点をされるように記憶しています。
実務を考えると当然のことで、記述式問題の演習をする際の、登記申請書や添付情報の誤記などはまだ取り返しのつくミスと言えますが(司法書士実務としては本当はダメです)、登記申請の組み立てを間違えることはあってはならないことだからです。

現状の登記情報をしっかり確認する
② (①の登記をされてから長期間経っていることも多いので)現在の状況において何か変更点(住所氏名が典型例)はないか、しっかり確認する
③ 今回の取引等において、権利の状況にどのような変化が発生するか、しっかり確認する
④ 上記②、③の結果、どのような登記を実現しなければならないか、実現すべき登記記録をしっかりイメージする
⑤ 上記④の登記記録を実現するための登記申請をおこなう

司法書士試験の記述式問題において問われているのは、①~⑤の一連の流れが、しっかりできるかの能力です。記述式問題で出題される問題の状況は、司法書士が実務でも相対する可能性がある場面が多いです(中には、「問題を作成するためだけの」状況で、少し特殊過ぎるな、と感じるものもありますが…)。

だから普段の学習においても、司法書士になって実際の依頼者から話を聞いている気持ちになって、①~⑤の一連の流れを念頭において、記述式問題を解くようにすれば、より意欲をもって学習できるように思いますので、試してみてください。

商業登記の実務について

会社変更登記業務のあらまし

個人開業司法書士がご依頼を受けるのは、ほとんどが、株主または社員が1名または数名、取締役または業務執行社員が1名または数名の株式会社か合同会社です。
世の中の多くの会社が、個人または数人で所有、経営されているので、当然といえば当然です。取締役会設置会社でさえ、私がご依頼を受けたのは数えるほどです
(余談ですが、有限会社のご依頼も多く、その意味では、司法書士試験ではややマイナー分野と思いがちな、合同会社特例有限会社の学習は、実務にとっては結構大切です)。
そのような会社さんから、主に、役員変更、目的変更、本店移転、商号変更などのご依頼を頂くことが多いです。

一人株主の株主総会議事録株主リストそして取締役の決定書などを作成し、委任状にも署名押印を頂いて、登記申請する、というのが基本の業務の流れとなります。
また、代表取締役の変更本店移転(管轄外)などの業務で、会社実印の印鑑届をすることも多いです。
時々、合同会社から株式会社への組織変更募集株式の発行(資本金の増加)、会社をたたむ方からの解散、清算結了などの、少し特殊な(と思いがちな)登記のご依頼を頂くこともあります。

債権者保護手続とか、官報公告とか、払込みを証する書面の作成など、司法書士試験受験生時代は、結構おどろおどろしく感じていた各手続も、一回経験してみれば、(手引き等もありますので)そんなに難しいものではなく、次のご依頼者に対しては、自信を持って、「官報公告すればよいので私がやっておきますよ」などと、さもベテランのように対応しております。

司法書士試験(記述式・商業登記)との違い

不動産登記では、記述式試験とのつながりを述べましたが、会社変更登記では、記述式試験との違いを主に述べることになります。
商業登記の記述式試験においては、会社から提供を受けた株主総会議事録等の書類を(受け身の形で)確認し、すべき登記と登記できない事項を判断して、それを解答することになります。

一方、実務では、まず現在の登記情報をしっかり確認して(これは大事です)、そしてご依頼者から、「このように変更したい」という事項をよく聞き取ります。
例えば、役員を変更したい、目的を変更したい、本店を移転したい、資本金の額を増額したい、会社をやめたい(解散したい)などです。
そこで、会社法の知識などから、このような点も変更した方が良いここは変えない方が良いなどのアドバイスをして、今回実施すべき変更と登記を決定します。
そして、その登記のために必要な、株主総会議事録、株主リスト、取締役の決定書、辞任届、知れている債権者への催告書、官報公告への原稿作成と掲載の手配、などは、ご依頼者からの聞き取りと資料等の提供を受けながら、多くの場合司法書士が作成します。
登記できない事項を見つけるのではなく、必ず登記できるように書類を作成します。

もちろん、登記申請においては本人の意思確認が何よりも大事ですので、「私の作成した株主総会議事録や辞任届などに、間違いはありませんよね」という意味をこめて、その書類に記名すべき方全員に、署名・押印を頂くようにします(勝手に辞任届などを作成提出したら、私文書偽造等罪になってしまいますよね)。

以上のように、会社変更登記においては、司法書士試験(記述式)と実務での、考え方がある意味で逆になっている(登記することができない事項を探すのではなく、登記することができるように記述式の「別紙」に当たるような書類も司法書士が作成する)ことが多いので、実務の訓練としての側面は小さいように思います。

一方で、登記実務において、その会社変更登記に必要な手続きと書類(そしてその中の記載内容)が分かっているか?については、しっかり問われていますので、商業登記法の実務の真の実力が試されていることには変わりはありません。

おわりに

今回は、司法書士の登記の主要な実務である、決済業務会社変更登記について、実際の業務の様子の紹介と司法書士試験(記述式)とのつながりと違いについて、思っていることを述べました。

私もそうですが、司法書士試験の記述式は、時間切迫との戦いの記憶がトラウマのようになっていて、あまり良い思い出がない方も多いのではないでしょうか?

一方、実務では、どれだけ時間をかけても、ご依頼者の話をよく聞いて、決済業務であればその前日までに、会社変更登記では実際に登記を申請するまでに、事前によく考えて準備をしておくことが何より大切になります。
すなわち、実務では、時間切迫との戦いではなく、できるだけ時間をかけてよく考えしっかり準備することに注力することになります。
そして(司法書士試験の良いところですが)記述式試験対策の努力は、必ず登記の実務につながります。努力のしがいがありますので、是非がんばってください。

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執筆:米谷純講師(司法書士・行政書士

1969年新潟生まれ。父の転勤のため全国を転々とする。1994年大阪大学大学院基礎工学研究科修了。環境装置メーカーにてエンジニア、その後は営業として26年間勤務していたが、組織マネージメントがいやになり、一人で直接的に顧客と関わる仕事がしたい、という一念で、2019年に司法書士試験合格。2021年に司法書士・行政書士事務所を開業。
よねや司法書士事務所・行政書士事務所のHPはこちら

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