懲戒処分は「クビ」だけではない ~ビッグモーター事件から読み解く、知っておきたい「懲戒」の基本~

講師が気になるニュース

監修:神野 沙樹 講師(社会保険労務士講座)

ニースル社労士事務所/株式会社Niesul(ニースル)代表。
社会保険労務士として会社の組織活性に携わる傍ら、年間50回を超える講師業をこなす。一方的に押し付ける講義ではなく、双方向のやり取りの中で気付きを生む研修・セミナーに定評がある。著書に『「社会人になるのが怖い」と思ったら読む 会社の超基本』(飛鳥新社)。労働基準法をはじめとする労働法の「基本のキ」が分かりやすく伝えられている。

2023年7月、日本中に激震が走りました。中古車販売大手のビッグモーター社による、保険金不正請求を伝えるニュースです。
このニュースには、保険金の水増し請求のほか経営陣によるパワーハラスメント発言や店舗前の枯れ木問題など、様々な要素が含まれていましたが、そのひとつに「頻繁に行われた降格処分」がありました。

降格とは、「役職や職位、また社内の資格等級を下げること」を指します。会社にとって望ましくないことをした場合に行われる処分のひとつですが、果たして何が問題だったのでしょうか。
今回は、同社のニュースから読み解く、「懲戒」の基本について見ていきましょう。

ビッグモーター幹部 工場長の降格処分 手続きふまず繰り返す
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【7月18日 NHKニュースより】
中古車販売会社の「ビッグモーター」が故意に車に傷をつけるなどして保険金を不正に請求していた問題で、会社の経営幹部らが、車を修理する工場の責任者に対し就業規則で定められた手続きをふまずに降格処分を繰り返し行っていたことがわかりました。(以下省略)
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参照記事:https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230718/k10014134581000.html

報道された内容によると、ポイントは次の3点です。

  1. 2020年の8月ごろから経営幹部の判断で、工場長の降格処分が頻繁に行われていた。
  2. 降格処分の主な理由は、清掃や整理整頓など「環境整備点検」の成績や対応がよくなかったこととされている。
  3. 会社の就業規則で定められた、弁明の機会や懲罰委員会に諮るなど手続きは踏まれていなかった。

知っておきたい懲戒処分~2つのポイント~

そもそも懲戒処分とはどういう意味でしょうか。「懲らしめる」「戒める」と書くとおり、「望ましくない行為に対して処分を下すことにより、再度同じことを起こさないように戒めること」をいい、次のポイントがあります。

・処分対象となる「望ましくない行為」とは何か
この望ましくない行為のことを「懲戒事由」と呼び、会社の就業規則には行為内容が列挙されています。

・「処分」とはどのような内容か
実はこの処分についても、就業規則に「懲戒の種類」として明記されています。
「懲戒処分」ときくと、懲戒解雇(クビ)を思い浮かべる方が多いのではないかと思います。しかし、懲戒解雇という一番重い処分以外に、戒告(始末書を書き反省する)、減給(ペナルティとして給料を減らす)、その他今回の降格・降級(資格等級や役職を落とすこと)など、行為の程度によって処分の種類があるのです。

つまり、規則には「Aという行為をした場合に、Xという処分を下す」とあらかじめ書かれており、その内容に該当した場合に「のみ」、相応の処分が下されるという仕組みです。

今回、何が問題だったのか

さて、今回のビッグモーター社での降格処分については、2つの点が問題視されています。

まず、処分の妥当性です。ニュースでは、環境整備点検の成績や対応が悪かったために、工場長や店長という役職を外されたり、他の店舗への異動を命じられたと伝えられていますが、果たしてこれが妥当な処分だったのか疑念が残ります。

次に、手続きの妥当性です。本来、懲戒処分を下す際には、適切な事実把握、該当社員から話を聞く(弁明の機会)、懲罰委員会にて決定し、懲戒通知書の交付等が必要です。それに対し同社では、前述の環境整備点検の成績が悪かった「翌日」に他店舗への異動を命じられていたなど、必要な手続きを踏まず降格処分が行われていたと考えられます。

以上のような「不当な処分」が「一方的に」下されたとすれば、会社の権利濫用にあたると判断されてもおかしくないというわけです。

確認しておきましょう

今回のビッグモーター社の一連の問題は、そもそもの経営体質が指摘されています。私たちが実際に働く中で、これほどまでの事例は少ないかもしれません。
しかし、程度の問題はあれど、不当な処分や雇用条件の引き下げに関するトラブルは実際に起こっています。ご自身や同僚、あるいはご家族が同様の境遇に立たされた際、冷静な判断で対応ができるよう正しい知識をもっておくとよいでしょう。

そして今回の事件で、行き過ぎた傲慢経営は早晩崩壊することが証明されたわけです。変化の激しい時代、経営者、社員が一丸となって、目指したい方向に向かって協力的に進みたいものですね。

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