運と才能と努力

公認会計士コラム

公認会計士 森 大地

努力は誰でもできるもの?

難関大学の入試や難関試験に合格する人は努力家で、不合格者は努力が足りない人たちであるという考え方には、努力さえすれば誰でも合格できる、努力をしない人は怠け者であるという前提があります。本当にそうでしょうか。公認会計士の専門家集団である監査法人で5年間働く中で、様々な公認会計士試験合格者のパターンを見てきました。大学在学中に勉強期間が3~4年で合格する人、在学中から勉強して卒業1~2年で合格する人(勉強期間は5~6年)、社会人として働きながら合格する人(勉強期間は3~6年)、フリーターなどを経て6年以上を試験に費やして合格する人などです(勉強期間はおよその平均値です)。

在学中に合格する人には、基礎的な学力や記憶力が大学入試で担保されている有名大学出身者が多く、いわゆる「地頭の良さ」が資格試験合格にとても有利に働いています。勉強の習慣化を自然と実行できたり、限られた時間での吸収力が比較的高いのもその特徴です。反対に、長期間にわたって合格にたどり着けない人たちには、勉強の習慣化が定着しなかったり、勉強法が遠回りしがちという特徴があります。つまり、資格受験のスタートラインが受験生の基礎的な能力によって大きく異なるのです。

努力の価値

では、後者の不利な受験生が費やす長い勉強期間は無駄なのでしょうか。それは捉え方次第だと思います。同じ量の努力の難易度が人によって異なるという話をしました。裏を返すと、後者の不利な受験生が合格するためには、たとえば2倍の難易度が課せられているということです。不利な状況から必死に合格を目指し、成果を得た経験はその人の財産であり、価値のあるものだと思います。一方で不利な状況とはいえ改善を怠り、自分なりの全力を出しきれない期間が続いていたとすれば、それは無駄と言わざるを得ず、その後の教訓とするしかないでしょう。

監査法人でいえば、要領の良い人が難なくこなしていく難しい監査手続に対し、頭をフル回転してとにかくやってみる、作業が進まなかったら躊躇なく上司や同僚に助けを求め、監査手続を完遂することだけに集中する。もしかしたら間違った方向に作業を進めてしまっているかもしれないし、的はずれな質問をしてしまい迷惑をかけてしまったかもしれない。でも、その監査手続を終えるために自分なりにできることを尽くしている。これを繰り返したから、時間はかかっても公認会計士試験を合格できたのです。その過程で悩み、苦しんだ経験は、後に部下や後輩を指導する際に「誰よりも丁寧な指導」をするためのきっかけになるかもしれません。努力の価値は、その人なりの一所懸命さにあるのではないでしょうか。

運と才能と努力

学力や身体能力といったわかりやすいものから、小さく地道に物事を進めることができる忍耐力、人の僅かな感情の変化に気づくことのできる共感力、不器用ながらも大切な人のためなら何でもできる心の強さといった複雑なものまで、一人ひとりの人間には天から恵まれた才能や、親から授かった感性があります。人によって努力の難易度が大きく異なるからこそ、自分に備わった才能や感性を活かすべきだと思います。地道に継続することが得意な人は勉強時間を記録・管理するノートを作り、効果と効率を検証しながら着実に勉強量を伸ばすべきかもしれません。人よりも思いやりや気遣いに優れている人は、毎日、合格を捧げたい人たちを記したノートを眺めると、勉強の意欲を維持できるかもしれません。大切な人のためなら何でもできるという人は、合格後にその人と笑顔に過ごす姿を想像することを日課にすると、毎日、全力投球ができるかもしれません。

最後に運について、お伝えします。実は私の一番の強みが運です。約2年前、東京駅八重洲口駅ビル内の居酒屋フロアの片隅に、いかにも雰囲気のある占い師のおばあさんがいました。普段、占いにあまり興味はないものの、せっかくなので占ってもらうと、「あなたは生まれながらに強運を持っている」と言われました。生年月日と生まれた時間まで伝えての結果だったので、それなりに当たっているのかなと思っていました。後日、そのことを母に伝えると、私が幼いときに有名な占い師に占ってもらった際も同様のことを言われたと聞き、驚きました。振り返ると、7歳のときにトラックにはねられて頭蓋骨にヒビが入るも、奇跡的に手術不要で済んだり、成績順で大学の学部を選べる付属高校で、成績下位にもかかわらずその年の希望者が少なかったために人気の学部に入れたりと、運が良いと思う出来事が確かにありました。ただ、個人的に最も幸運だったと思うのは公認会計士試験合格と、その後の監査法人でのキャリアです。

運を生かす努力

謙遜でも自慢でもなく、私の公認会計士試験の合格は幸運によるものだったと考えています。付属校でも成績下位、大学でも成績下位で目立った課外活動もしていなかった私は、社会人の今の自分から見ると、まず採用しないだろうという学生でした。案の定、就職先も見つからず、父からのすすめで飛びついたのが公認会計士試験でした。卒業後、実家で2、3年、浪人生として専念できる環境は、恵まれていたと思います。当然のように予備校の学費も親に払ってもらっていました。受験期間中は様々な悩みや苦労もありましたが、人並みの勉強量で2年半で合格できたことは、直前の模試の結果、合格者順位などから客観的にみても幸運でした。

私がした努力は、とにかく最短で合格するために必要なことです。講義を倍速で聴き、その日のうちの復習を徹底する、復習の間隔を無駄の無いように習慣化する、わからないことは質問の先生にすぐに聞きに行くなど、合格までの長期計画と短期の計画を強く意識して取り組んでいました。同時に、その過程で出会ったたくさんの人たちへの恩を感じながら、「合格ノート」に合格を捧げたい人を書き連ねたり、将来の活躍する姿を綴っていました。

つまるところ運を生かす努力とは、人のための努力ではないかと思います。普段、失敗や怠惰が続いて自信をなくした時、自分の一番の強みは「人のために努力ができること」だと自分に言い聞かせています。欲はあるしズルをするときもあるけれど、根本的に人の役に立ちたいという気持ちが強い点には、過去から自信がありました。思うだけでは意味がないのですが、自分なりにそれを基軸として行動していると、監査法人や予備校という組織の中で不器用な私でも応援してくれたり、協力してくれる人が増えてきました。本当に「強運」を天から授かっているのなら、その使命としてもっともっとたくさんの人に役立てなければと、気を引き締めていきたいと思います。

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