こんにちは!日本組織内司法書士協会の泉匡人です。
本日は、最近ニュースでよく取り上げられる話題、「AIは人の仕事を奪うのか」というテーマで、企業法務の観点から、AIと企業法務の仕事の関係性についてお伝えします。
はじめに
近頃の生成AIの開発、リリースにより、私たちの仕事や実生活へAIが与える影響度は確実に高まっており、決して無視できない存在になっています。
皆さんの中にも、生成AIを利用して実生活上の利便性を高めたり、仕事や勉強に役立てたりしている方もいらっしゃると思います。
また、司法書士資格を取得しようと勉強に励んでおられる受験生、またはすでに取得し今後企業法務の分野に携わりたいと考えていらっしゃる有資格者の方にとっても、AIの存在は気がかりになると思います。
AIが企業法務の分野でできること、できないこと
予防法務について、AIでもできること
ChatGPTやGeminiなどの生成AIツールが一般公開され、ビジネス専用プランもリリースされていますので、法務部としてもこれら生成AIを利用することがあります。
法務部の中でメインの業務と言えばいわゆる予防法務…契約書レビューやドラフト作成です。
契約書中の条項のチェックや、過去の契約書との比較などをAIに自動で行わせることで、大幅な時間短縮とミス防止を期待することができます。
また、AIによる法務レビュー機能を搭載したリーガルテックサービスが各社からリリースされています。私の会社でも契約書管理ツールとして導入しており、実際に利用しています。
見慣れた契約類型、例えば秘密保持契約や業務委託契約ならば、どこがレビューポイントか経験則で分かっているので特に問題はありません。経験を積むと、当社に不利な条項がまるで点滅しているように見えてくるものです。
ですが、私の業界で言うと、システム開発委託契約、ライセンス契約など普段あまり触れていない契約書の場合、どんな点に注意すべきか事前に入念に把握した上でレビューやドラフトに取り組まなければいけませんので、その分時間がかかります。
この点、AIは膨大な契約データをもとに比較検討し、注意点や見落としやすいポイントを拾って伝えてくれますので、人間の作業に抜け漏れが生じることを防いでくれます。AIが熟練した人間の点滅機能を補ってくれるわけです。
契約書に書いてあることは、もちろんくまなく読み込みますし注意もしますが、契約書に書いていないこと(例えば人材紹介契約における早期退職の場合の返金規定など。これも経験を積めば点滅して見えてくるようにはなるのですが…)をAIは指摘してくれますので、とても有益です。
予防法務について、AIではできないこと
ただし、先方取引先との関係性やパワーバランス、事業部側の意図などまで、AIは把握しているわけではありません。
ですので、例えば、損害賠償規定について当社に有利になる(時に先方にあまりに不利な)レビュー案を、形式的に提示してくるようなことがあります。
また、社内支払いサイクルの規定と先方の資金繰り状況を考慮してくれるわけではありませんので、案として画一的な料金支払規定しか出てこないことがあります。
結局は自分の手で書くことになる、なんてことがよくあります。
便利な点、利用して助かったと思う点は多いのですが、最終的な確認、手直し、調整は法務業務を理解した人間が行う必要があります。
上記のような諸事情に鑑みて、適切なレビュー・ドラフト案を作成できるようになれば、契約法務の分野に法務部員は要らなくなるのかもしれませんが、私の実感としてはその日はまだ遠いでしょう。
法令調査や法律相談について、AIでもできること
法令関連情報の検索や分析、比較、派生情報の収集などはAIが得意な分野です。
この案件はそもそもどの法令をベースに考えるべきか、関連する規則については何条の規定を参照すべきか。AIは膨大な法令情報を迅速に検索した上で、必要な情報を抽出し教え示してくれます。
この点でも、抜け漏れを防止し、検討すべき法令、論点を把握するのに大変役立ちます。
個人情報保護法関連の相談を受けた際には、個人関連情報を第三者提供する際の本人同意の取得の仕方について、関連ガイドラインの相当ボリュームある規定の中から瞬時に探し出してきてくれました。
法令調査や法律相談について、AIではできないこと
とは言え、AIを利用しさえすれば法務相談は法務部に頼らなくてよくなる、というわけにはいかないでしょう。
なぜなら、そもそもどんな点が論点になるのか理解していなければ、AIに尋ねるその方法すら掴めませんし、AIに曖昧な(一般的な、形式的な)質問をしても、曖昧な回答しか返ってこず、具体的な事案の解決には繋がらないためです。
この法令の特定の規定で、その論点についてどんな考え方があるか、どんなリスクが考えられるか、といった尋ね方をしないと、実質的な解決には至らないことが多いと思います。
法律関連の相談をAIに対して行い解決を求める場合には、相談する側の法的素養というか、基礎的な理解度合いも少なからず影響を与えます。
法務相談の中には顧客とのトラブルに関するものも含まれますが、AIに尋ねれば「規約違反ですので契約解除です」と冷たい言葉で一蹴してくるのかもしれません。冷たいかどうかを判断するのは人間ならではですね。
事実を契約書の文言に形式的にあてはめたときに、確かに規約違反に当たってしまったとしても、顧客との関係性やこれまでの交渉状況、事業に与えるインパクト、現場で対応に当たる担当者の対応方針なども加味した上で、最適と思われる解決策を提示するのは、AIではなく法務部員の仕事です。
機微を捉えた対応、これを自分が実践できているかは別としてですが、AIにはまだまだできません。
AIを活用した働き方について
人間がこれまで行っていた単純作業や膨大なデータ処理をAIは効率化してくれますので、法務部はより高度な(時に、より人間臭い)業務に集中できるようになりました。
AIを有益なツールとして、よき相棒として活用しながらも、AIが代替できない複雑な法解釈や人間同士の交渉力、コミュニケーション能力、社内外の関連事項の整理とその知識、経験の拡充と具体的な対処術などを身に着けていくことがますます求められます。
裏を返せば、AIに尋ねて出てくるような回答を知っているぐらいでは、法務としての価値を見出せないという意味でもあります。
「それはAIに聞けば分かるよ。それを踏まえて法務としてはどう考える?」と目の前の人に返されないよう、AIに取って代わられない価値を提供しなければなりません。
その意味ではAIは、法務の仕事を奪う側面がある一方で、法務部員の仕事内容を変容させていく要因になりえます。AIの利用の仕方、付き合い方によっては、法務としての価値をより際立たせることにもなります。
AIは果たして脅威でしょうか?