ほんの出来心で1200万円もの退職金が0円になった事件~退職金制度の現状と今後~

講師の注目ニュース

監修:神野 沙樹 講師(社会保険労務士講座)

ニースル社労士事務所/株式会社Niesul(ニースル)代表。
社会保険労務士として会社の組織活性に携わる傍ら、年間50回を超える講師業をこなす。一方的に押し付ける講義ではなく、双方向のやり取りの中で気付きを生む研修・セミナーに定評がある。著書に『「社会人になるのが怖い」と思ったら読む 会社の超基本』(飛鳥新社)。労働基準法をはじめとする労働法の「基本のキ」が分かりやすく伝えられている。

みなさんの会社は「退職金制度」があるでしょうか。もしある場合は、いくらくらい受け取ることができるでしょうか。
今回は、「1000円の着服」をしたことで、1200万円もの退職金が不支給になったニュースから、退職金にまつわる法律や実態、今後の動向について見ていきましょう。

「運賃1000円」着服で「退職金1200万円」が全額不支給、最高裁の判断は「適法」

【4月17日 読売新聞オンラインより(抜粋)】
運賃1000円を着服したなどとして懲戒免職となり、退職金も全額不支給となった京都市営バスの元運転手の男性が、市に退職金の不支給処分取り消しなどを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁は17日、不支給を違法とした2審・大阪高裁判決を破棄し、原告側の請求を棄却した。不支給を適法とする判決が確定した。(以下省略)

https://www.yomiuri.co.jp/national/20250417-OYT1T50138/

報道された内容によると、ポイントは次の3点です。

  1. ・京都市営バスにおいて29年勤続した運転手が、運賃の一部である千円札1枚を着服するなどしたため、市は懲戒免職とした。
  2. ・男性は、①懲戒免職と②約1200万円の退職金を全額不支給とした処分の取り消しを求めて提訴した。
  3. ・1審・京都地裁判決は①②いずれも退け(適法と判断)、2審判決は①懲戒免職は適法、②退職金の不支給は「酷に過ぎる」として取り消したところ、最高裁は「着服はバス事業の運営の適正を害するものだ」と指摘し、②の退職金全額不支給の処分が違法とは言えないと結論付けた。

退職金制度を設けるかどうかは会社に委ねられている

多くの人が「退職金=当然あるもの」と思いがちですが、実は、企業に退職金制度を設ける義務はありません
労働基準法を確認すると「退職金を『支払う場合は』就業規則に明記すること」という内容は定められています。しかし、制度を設けないのであれば規程に記載する必要もありません。

退職金の支給対象や条件・金額

退職金制度の有無が企業に委ねられていると触れましたが、さらには「何を目的に」「いくら(金額)」「どのように積み立てて」「誰に支給するか」についても、法律的な制約はなく、企業ごとに異なります。
一番気になるのは「いくらもらえるのか」という点ではないでしょうか。これも企業によってまちまちで、①在職時の貢献度、②退職時の給与額、③勤務年数、④離職理由といった基準の組み合わせで設計されています。

退職金の支給金額の例

退職金額について、例えば②退職時の給与額に、③勤務年数ごとに決められた掛け率を掛けて計算するパターンもあれば、①在職時の役職や貢献度をポイントに置き換えた「ポイント制」を採用している企業もあります。
また、④離職理由によっても差をつける会社が多く、定年退職時に満額支給される一方、自己都合退職や懲戒解雇では支給額が減額、または支給されないこともあります。

今回の判例のように、少額の不正行為でも企業の信用を大きく損なうと判断されれば、退職金の全額不支給という厳しい措置もあり得ます。
勤続29年と考えると、「1000円の着服で全額不支給」は一見厳しいようにも思いますが、今回はバス運転手が着服したということの重大さが重要視されたというわけです。

日本における今後の退職金制度の動向

令和5(2023)年就労条件総合調査(厚生労働省)によると、退職金制度があると回答した企業は74.9%
30年前の平成5(1993)年の同調査は92%という結果でしたので、約17%減少していることになります。

さらに近年、日本企業の人事制度は年功序列から職務・成果型へと変化しており、退職金制度もその影響を受けています。長く勤務するという期間に重きを置く社会から、期間に関わらず職務や成果を求める風潮へ。
また、働き手も同様に、同じ企業に勤めあげるという感覚から5~10年のサイクルでの転職、あるいはフリーランスといった形態が増える中で、今後ますます退職金制度の新規導入率は減っていくと考えられます。

まとめ

今回は、懲戒免職から退職金不支給とされた最高裁判例のニュースを取り上げ、退職金制度について見てきました。

退職金制度は企業ごとに大きく異なり、今後ますます多様化することが予想されます。働く私たちとして、まずは自社の制度を正しく理解し、将来に向けた備えを行うことが大切です。
さらに、そこから一歩踏み込んで「月額給与」「ボーナス」「退職金」と区別した捉え方から、自分自身のキャリア(人生)とそれらに連動した「報酬全般」で捉えてみることをオススメします。資産形成の幅が広がるとともに、私たちのキャリア(人生)の選択肢もきっと広がります。

タイトルとURLをコピーしました