公認会計士 森大地先生のコラム。
受験勉強や会計事務所での実務経験から得た気づきやアドバイスを共有していただきます。【毎月掲載】
合格から6年が経った現在
2016年11月に公認会計士試験の合格通知を受け取ってから、もうすぐ6年が経とうとしています。公認会計士は転職が多いとは聞いていましたが、監査法人(監査を専門とする会計事務所)の同じ部署に配属された同期11名は、この6年で4名まで減りました。キャリアアップを目指して転職する人もいますが、会計監査の業務に疲弊し、やむを得ず次の職場に移っていく人も少なくありません。監査法人のキャリアだけがすべてではありませんが、専門家集団である監査法人で学べることは多く、法人内でできる限り長く活躍して、効果的・効率的に専門家としてのスキルアップをしたいものです。今回は、試験合格後の困難を乗り越えるために必要なモチベーションについて考えます。
合格後の期待ギャップ
公認会計士としてのキャリアビジョンについて、受験時点では多くの人が監査や会計の専門家として、「豊富な専門知識」を武器にしたいと考えていると思います。私もその一人だったのですが、6年間、専門業務を経験してみて考えが少し変わりました。専門家といっても組織で働いている以上、社内外でのコミュニケーション能力やリーダーシップといった基礎的な社会人スキルも専門知識と同じくらい求められるのです。監査の実務においても、監査基準や会計基準を杓子定規に当てはめるのではなく、実態に即して臨機応変に解釈する力、重要性に応じた代替処理を提案する力などが求められます。実際の業務についても、若手時代を中心にデータの入力・集計作業、紙面調書の貸し借りなどの雑務も大量に存在しますし、年次が上がると今度は間接業務が増えたりと、純粋な専門業務といえる高度な監査・会計の判断を行う時間は想像をはるかに下回るのではないかと思います。繁忙期を主として長時間労働が常態化しているケースも少なくないことから、せっかく目標を持ってスタートした監査法人キャリアも、長期間続けるのが難しいと考える人が一定数いるのだと思います。
監査法人内で長く活躍するために必要なこと
今年から監査法人の採用活動に携わっているのですが、監査法人の採用イベントで表に出てくる職員(会計士)は優秀な職員ばかりです。各職階で圧倒的に優秀なエリート職員がいる中、私はコツコツと前向きにキャリアアップしている職員に興味を持ちました。最上位の職階であるパートナーを目指して最短距離での具体的なキャリアビジョンを描くエリート職員とは対照的に、入社10年超のある職員は、入所時の合格後のキャリアについて「基本的な監査をやってみたい」というざっくりとした方向性だけ決めて、あとは流れに身を任せてきたそうです。それでも、シニアスタッフ(5~8年目)時代は印刷業大手の上場会社の現場主査を中心として担当し、監査・会計の知識の豊富さや、きめ細やかな社内外のコミュニケーションなどを通じて、関係者から非常に信頼されていました。マネージャー昇進後、2年間のアジア新興国への海外出向を経て、現在は複数の上場会社の統括主査を担当しており、採用チームの中心メンバーとしても活躍しています。
私が思う、その職員の一番の強みは、業務に対する前向きさです。今よりももっと労働時間が長く厳しかった現場主査の時代、スタッフへの監査実務の指導から、アサイメント調整(チームメンバーの確保・日程調整)、監査の結果報告書の作成などのマネージャー業務までを精力的にこなしていたそうです。なぜそこまで頑張れたのかを問うと、「人」という答えが返ってきました。年間を通じて多くの時間を共にし、日常的、あるいは出張などの非日常的な飲み会を通じて絆を深め、年度末の期末監査では毎日遅くまで切磋琢磨する監査チームメンバー。会計士として厳しい立場を保ちつつ、適正な財務諸表作成に向かって一緒に仕事を進めるクライアント担当者。シンプルに、そういった人たち一人ひとりと一緒になって年度の会計監査というプロジェクトを進めることがやりがいとなっていたようでした。
受験生時代に持つべき、「強い」モチベーション
監査法人に入ってくる公認会計士合格者たちは皆、長期の受験期間を乗り越えてきた人たちです。学校や仕事がある中で資格試験の勉強を長期間勉強するためには、何かしらの大きな動機が必要です。「会計士になって○○をしたい」というのは具体的ですが、実際にやってみないと自分自身がその道に向いているのか、想像通りその仕事が面白いのか、やりがいがあるのかはわかりません。では、何をモチベーションにするべきか。専門業務については、「○○が面白そう」といった興味本位のレベルでよいと思います。むしろ、「人」に着目した方が強いのではないかと思います。
受験生時代、大学の先輩のつながりからある監査法人の若手職員と知り合い、受験期間を通じて様々な話を聞いたり、時にはパートナー(監査責任者の職員)を紹介してもらったりしていました。監査実務の具体的なエピソードは当時の私にとっては非常に興味深く、それを語るその職員たちの姿にも憧れを感じました。受験生時代にアシスタント職として監査法人で働いていた時も、間近で会計士が監査手続を行い、クライアント担当者と激しい議論をしていたり、難しい会計論点についてチーム内で協議している姿に目を輝かせました。おそらく、「人」からその業務の魅力を感じるとき、その人自身が業務に対して高いモチベーションを持っており、人を通じて業務の魅力を感じるのだと思います。パンフレットやネットに載っている情報からは得られない、生きた業務の魅力が詰まっているのではないかと思うのです。
「人」を中心として勉強のモチベーションを築いていくと、今度は「お世話になった先輩方に、合格の報告で恩返しをしたい!」と、自然と感謝の念が湧いてきます。そう考えていくと、本当に強いモチベーションとは「感謝」なのではないでしょうか。前述の監査法人の職員も、社内外・職階の上下にかかわらず、人を大切に、感謝の気持ちを大切にキャリアを築いてきたからこそ、厳しい監査法人で長く活躍してきたのではないかと思います。受講生の皆さんも、資格学習を支える周囲の人たちへの感謝の気持ちを、合格へのエネルギーにしてみませんか。