すべての試験科目は、監査実務に直結する

はじめに

試験科目は、会計監査に必要な最低限度の知識

受験生活が長くなってくると次第に試験への合格ばかりに気をとられ、「何のために受験しているのか」という目的意識が希薄になりがちです。そもそも受験生の皆さんは、なぜ会計士を目指したのでしょうか。また、会計士になるために難関国家試験の合格が必要なのは、なぜでしょうか。第一の問いについては、他の記事に譲るとして(「本当に会計士になりたい人だけが、合格できる」)、今回はこの第二の問いに焦点を当てることにします。公認会計士は、監査及び会計の専門家です。会計士資格保有者のキャリアの幅が広がった現在でも、資格の第一目的は財務諸表監査制度を支えるためにあるのです。言うならば、会計士試験は会計監査に必要な最低限度の知識を問うているのです。以下、具体的に各科目がどのように監査実務に結びついているのか、私の考察を述べていきます。

1. 財務会計論は、会計士にとっての生命線

「会計知識」≒財務会計

会計監査は、株主と債権者の利害調整が主の会社法監査、投資家保護目的の金商法監査など、目的によっていくつかの種類がありますが、いずれについても外部報告用財務諸表を対象に監査意見を表明するという点は変わりません。すなわち、会計監査で用いられる会計知識とは、外部報告用会計である財務会計がほとんどを占めるのです。最近の話で言えば、「収益認識に関する会計基準」という新しい会計基準が公表されましたが、これも財務会計の一部です。公認会計士には、試験合格後も財務会計知識を更新し続けていくことが求められています。

管理会計の一部は、財務会計を構成する

会計監査という観点では、管理会計との関わりはほとんどありません。管理会計は内部管理用の意思決定ツールとして利用される性質があり、外部報告用財務諸表に対して行う会計監査とは少し距離があるからです。ただし、管理会計の一部が財務会計に用いられることはあります。代表例は、原価計算や割引将来キャッシュフロー法(DCF法)です。原価計算で算出される原価差異は、内部管理目的としては製造コスト削減のための分析ツールになりますが、同時に、外部報告用財務諸表において売上原価の一構成要素となります。DCF法については、リース会計や退職給付会計、固定資産の減損会計など、現代の財務会計において幅広く使用されています。

管理会計と経営財務論は、M&Aアドバイザリーに活きる

非監査業務ではありますが、会計士がDCF法を活用する機会として、M&Aアドバイザリーにおける財務デューデリジェンス(DD)業務があります。これは、買収対象企業の財務情報調査・企業価値評価を行うサービスです。直近決算日時点の財務諸表が適切かどうかを調査する点は会計監査と似通った部分ですが、最大の違いは、DDは将来財務諸表に対しても評価を行うという点です。会社が提示した事業計画を批判的に評価し、業界の市況や競合他社動向などを調査しながら、様々な将来数値(仮説)を立て、それをDCF法で割り引くことで現在の企業価値を算定するのです。これらは論文科目の経営学(財務論)でもより深く学習することができますが、興味がある人はDD経験のある会計士を見つけて直接話を聞いてみるとよいでしょう。

2. 監査論は、監査業務の大前提

グローバル監査マニュアルは、圧倒的なボリューム

監査論は、言うまでもなく会計監査に欠かせない知識です。そして、実務に用いられる監査マニュアルも膨大な量となっています。Big 4と呼ばれる世界4大手会計事務所に加盟している国内大手監査法人は、いずれもグローバルの監査マニュアルに従って国内業務を行っています(会計基準は地域ごとに異なるが、監査基準は一部を除き世界共通)。もちろん、すべてを知る必要はなく、現実的には自分が担当した業務範囲の内容を読むことになります。

監査が面白いかどうかは、監査知識の豊富さで決まる

現代の監査調書は電子化されており、各手続で必要な項目があらかじめチェックリスト形式になっているので、手続内容の検討や手続結果の文書化の負担は軽減されています。ただし、ここに落とし穴があります。自分で監査マニュアルを読んで手続を理解せず、調書のチェックリストに従った「作業」のみをしていると、監査スキルが全く身につかないと同時に、監査業務が非常に退屈なものになってしまうのです。私が新人の頃、監査研修講師の先輩から「職業的懐疑心は、監査を面白くする」という話を聞きました。職業的懐疑心は会計士の職業倫理として当然に持つべきものですが、それが一監査人としての仕事のやりがいに繋がるという視点は、非常に興味深いと思いました。「なぜ」を突き詰めることは、試験学習に限らず、合格後の実務知識習得でも重要なプロセスなのでしょう。

3. 企業は、関係諸法令を遵守し、事業活動の成功を目指す

会社法を遵守し、経営学に基づき事業を運営する

会社の存在目的は、事業活動を行うことです。さらに言えば、基礎となる経営学に基づき、事業環境や社会のニーズの変化に対応し、様々な経営意思決定を下しながら事業の成功目指すこと、ひいてはそれらを通じて社会に貢献することでしょう。会計士試験を勉強していると会計報告にばかり目がいきがちですが、会社にとっては事業活動を営むことが主であり、会計報告はその成果を報告するための一手段に過ぎないのです。

事業活動とは、企業設立時の出資や従業員の採用にはじまり、工場建設、原材料の仕入、製品の製造、在庫の保管、出荷、販売、あるいは新規取引先への営業や人事・経理・総務といった社内インフラの運用、取締役会での意思決定や株主総会の開催といったように、会社が行うすべての活動を指します。これらの事業活動の前提となるルールを定めたのが、会社法なのです。会計監査との関係で言えば、まずは一定規模の大会社に対する会社法監査の根拠規定である点、そして主要な監査手続ではリスク評価手続としての取締役会・株主総会議事録の閲覧、支払配当金のテスト(支払配当が配当限度額を超えていないかの検討等)などがあります。

企業のディスクロージャー制度を支援する、金商法

金融商品取引法(金商法)は、投資家保護を目的とした金融商品全般の取引規制です。条文自体は相当量ありますが、会計士試験で問われるのはそのうちのごく一部で、主に有価証券報告書に関わる部分です。金商法監査では、一般に継続開示書類として上場企業が毎年提出する「有価証券報告書」と呼ばれるレポートのうち、「経理の状況」(主に財務諸表及び注記等が記載されている)以降を対象として監査意見が表明されます。監査実務では、まず試算表ベースで監査手続を実施し、そのあとに財務諸表として開示組替が適切になされているか、注記項目が適切に開示されているかなどをチェックし、監査済み試算表が有価証券報告書に適切に開示されていることを確かめます。そのほか、慣例として「経理の状況」以前の開示内容についても、財務諸表数値との整合性を中心に、開示の妥当性を検証します。したがって、実務的には金商法の条文というより、有価証券報告書の意義やその様式といった知識を活用しています。

PLの「法人税等」、BSの「未払消費税」の根拠となる、租税法

会計情報は、「一般に公正妥当と認められる会計の基準」(GAAP)に基づき作成されますが、税金項目に関しては租税法に従って計算されます。たとえば、PLの「法人税等」は法人税法に基づき算定されます。PLの中ではたった一項目に過ぎないにもかかわらず、その根拠となる法人税法の条文ボリュームは膨大です。会計監査では主に5年目以降のシニアスタッフが担当し、税務申告書の調整項目の検討、実効税率再計算、期中納付の支払いテストや税金関係科目(未払法人税等、租税公課など)の増減表作成などを通じて検証します。そのほか、「未払消費税」は消費税法に基づき計上されますが、監査手続としては、調整項目が多くない限り、一般的には売上と仕入を基礎とした分析的実証手続を通じて残高の検証を行います。

おわりに

会計士試験の上位合格は、新人会計士の武器になる

「学生時代の学習科目はどうせ社会では役に立たない」と考えている人は多いですが、驚くべきことに、会計士試験の試験科目についても同じような認識をしている人が少なくありません。特に、受験期間が長期化し、より細かい論点ばかりに目が行ってしまうようになる人にはその傾向が顕著に表れています。ですが、今回述べたとおり、会計士試験の試験科目は会計監査実務と密接に結びついています。したがって、毎年1,000名以上いる試験合格者の中で上位合格することができれば、新人会計士として圧倒的に有利な状態でキャリアのスタートが切れるのです。

求められる知識は、会計士試験1に対して監査実務100

私の合格順位は1,041/1108で、最下層の合格でした。当然、新人研修などでは他の同期に知識の差を感じましたし、はじめの方の現場では前述の「チェックリストに従った作業」しかできていない典型的な劣等生でした。でも、合格2年目あたりから少しずつ監査マニュアルを参照したり、監査調書の「監査計画」部分を熟読したりしていくうちに、徐々に監査の理論と実務が結びついてきた実感があります。なにより、手続の意義を理解し、健全な懐疑心を持って監査手続を実施することが、非常に大きなやりがいに繋がっています。会計士試験合格後は、専門家としての知識と経験の積み重ねが、一会計士としての価値に直結します。そのための大切な準備として、今現在の試験学習に精一杯取り組みましょう。