1. はじめに
私は普段、簿記の初学者から公認会計士受験生まで、様々なレベルの方に受験指導という形でかかわっております。そのため、日商簿記3級、2級、1級、公認会計士試験といった本試験対策を考えていくことになるのですが、どの段階の受験生にとっても試験の制限時間というのが悩みの種となっております。
そこで、簿記などの計算問題を解くスピードに関して、思うことを書いていきたいと思います。
2. 各試験の時間制約に対する切迫感など
各試験を解いていく際の時間の切迫感、レベルが上がるにつれて受験生の解答スピードがどれだけ変わるのかを比較してみたいと思います。1級や公認会計士など、より難易度の高い試験を目指す際の参考にしていただければと思います。なお、ここで書いているのは私の経験などに基づくものになります。当然に個人差があることをご了承ください。
(1) 日商簿記3級
初学者が最初に受けることの多い試験ということもあり、それほど時間制約が厳しいものではありません。しかも、ここ数年は標準的な難易度・ボリュームに落ち着いている状況にあります。したがって、十分な対策をしていれば制限時間の2時間はかなり余裕の持てる時間となります。30分以上時間を残して途中退出しても合格できる人がいる状況です。
ただし十分な対策ができていない人にとっては、そうでもないようです。実力が付いてないうちは、第3問(試算表など)や第5問(精算表またはB/S・P/Lなど)で貸借合計が合わないなどによって思わぬ時間を費やしてしまい、時間が足りなくなってしまいます。
ちなみに、2級合格レベルの人であれば、半分(60分)前後の時間で満点か満点近く獲得できます。さらに、1級合格レベル以上の人であれば、30分前後の時間で満点か満点近く獲得できます。
(2) 日商簿記2級
標準的な問題のときであれば、十分な対策ができていれば時間は足りるものとなります。ただし、3級ほどの余裕はないため、3級に比べて途中退出者は少なくなります。合格者であっても見直す時間も含め2時間フルで使うことが多くなります。
なお、ここ数年の2級試験は各回によって難易度が大きく変わることがあります。難しい問題に当たった場合は時間に余裕がなくなります。合格者にとっても時間が足りない感覚になることがあります。
ちなみに、1級合格レベル以上の人であれば、標準的な回であれば30分前後、難易度の高い回でも60分前後以内で満点か満点近く獲得できます。
(3) 日商簿記1級
公認会計士受験生ではなく、日商簿記1級のみの対策をして臨む場合、試験時間はギリギリの戦いとなるのが通常です。3級や2級と異なり、時間が余ったから途中退出するという人はほとんど見かけない状況です。途中退出者がいたとすれば、合格をあきらめた人か問題入手のための専門学校関係者であることが通常です。
ちなみに、公認会計士試験合格者レベルであれば、多少の余裕を持たせて時間内に解き切れるのが通常です。ただし、1級はそもそも満点合格が非常に難しい試験です。公認会計士試験合格者であっても、思いのほか苦戦することがあります。高い精度で合格点を稼ぐことはできるかもしれませんが、満点か満点近くとれる人は限られた人数になるはずです。
(4) 公認会計士試験
① 短答式試験
企業法や監査論といった理論科目は基本的に時間が足りないことはありません。ただし監査論については、基礎知識を活用してその場の思考力で解答を導かざるを得ない問題もありますので、悩む時間は増えることでしょう。
管理会計論は、すべての問題を最後までまともに取り組んでいては時間が足りないのが通常です。捨て問があることを前提に、「取れるべき問題を取る」という対応でなんとか合格に必要な点数を確保する人が多くを占めると思われます。
財務会計論については、平成27年度からは個別財務諸表に関する総合問題が出題されなくなり、十分な対策をしている人にとっては時間内に落ち着いて一通りの問題に手を付けることが可能となっております。
② 論文式試験
監査論と企業法については、余裕があるわけではありませんが、制限時間内に答案を一通り埋めることは可能といえます。
それに対し、租税法と会計学(午前と午後ともに)については全ての計算に手をつけていては基本的に時間が足りなくなります。理論の白紙は作らないようにしたいところですので、難問やボリュームの多すぎる問題に時間を割かないことが重要です。
選択科目のうち経営学については、全科目の中で最も時間に余裕があるといえます。解答箇所が少なく1問ごとの影響力が大きい点が難点といえますが、時間が足りなくて困ることはないでしょう。
3. 解答スピードの速い人が試験問題を解いているときの状態
試験のレベルに応じて要求されるスピードは大きく異なりますし、より難易度の高い試験に臨むのであれば解答スピードを格段に上げる必要が出てきます。とくに公認会計士試験に求められるスピードについては、日商簿記受験生にとっては「そんなスピードを身に付けることができるものなのか」と思うこともあるでしょう。
これについては、段階的に十分な対策を行いさえすれば、「試験合格に必要なスピード」は無理なく身に付けることができます。私自身、2級受験したときは焦りまくりで時間が足りなかったのですが、1級の勉強をしているうちに2級の問題がカワイイものに思えるようになりました。さらに、公認会計士試験の勉強をしているうちに、あれだけ脅威に感じていた1級の試験問題も「えっ、見開きだけで1つの問題が完結しているけど、これだけでいいの?部分的に難しい箇所もあるけど、落ち着いて考える余裕はある♪」と思えるようになりました。
では、公認会計士試験に合格して1級の問題が余裕に感じるような受験生はどのように問題を解いているのでしょうか?何か特別なことをしているのでしょうか?
その答えとしては、「悩んで手が止まっている時間がない」だけで特別なことはしていないのが通常です。暗算や速読、速記、神業級の電卓捌きができる人はほとんど見かけません(電卓をバシバシならすうるさい人はたまに見かけますが^_^;)。公認会計士試験合格者の多くは、地道に例題や問題集、答練を日々繰り返し解いて実力を磨いてきた人たちです。日々の地道な学習こそが、テキストに載っているような基本知識では悩まないレベルにまで高めてくれるのです。
逆に、今試験時間が足りなくて悩んでいる方は、解答時間中に悩んで手が止まっている時間を測ってみてください。少なくとも、テキストに載っているような基本知識を当てはめるだけの問題で「手が止まらない」ようにするだけで、解答時間が大幅に短縮できるはずです。
4. できる箇所から埋めていくのが試験の基本
もう1つ、試験時間が足りなくなるケースとして「できない問題に固執する」「1つのミスに引きずられてパニックになる」というのをよく見聞きします。
試験の難易度が高くなるほど、「満点を取らせないための難問」が必ず盛り込まれるものです。日商3級であっても、その受験生にとっては面食らうように工夫された出題が盛り込まれます。日商2級でも最近は「1級合格レベルの人でも少し面食らう難問」が混ざっていることがあります。日商1級や公認会計士試験に至っては、満点を取る人がほぼ皆無となるように作られています。受験指導をしている私でも、日商1級で満点を取るのはかなり厳しいです(本試験の解答速報を作る際、自信の無い箇所はテキストなどにあたって調べています^_^;)。
どの試験でも「満点を取らせないための難問」が盛り込まれていますが、それを正答しなくても合格点を稼ぐことは可能なはずです。であれば、「満点を取らせないための難問」には極力時間を割かないことが時間配分の戦略としては非常に重要となります。「合格するために必ず正答すべき問題」に最大限の時間を割くことで、実力を点数に反映させ、結果を出すことができるのです。
そのためには、「難しい問題」や「思うように解けない問題」にぶち当たったら、一旦とばして解ける問題から優先的に解いていくことが重要です。