国際的な公認会計士を目指して

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[特別寄稿] 国際的な公認会計士を目指して

  公認会計士元試験委員 法政大学会計大学院教授 菊谷 正人

1948年長崎県にて生まれる。1976年明治大学大学院商学研究科博士課程修了。その後、八幡大学(現在、九州国際大学)、日本経済短期大学(現在、亜細亜大学)、国士舘大学を経て、2004年法政大学教授、現在に至る。 会計学博士。財務会計研究学会副会長、国際会計研究学会理事、日本社会関連会計学会理事、日本会計研究学会評議員を務める。

「会計基準の黒船」到来

1973年6月に、英・米・日等の会計士団体によって「国際会計基準委員会」(IASC)が設立され、財務諸表の国際的比較可能性を高める目的で「国際会計基準」(IAS)が公表されてきました。会計基準の国際的調和化は、投資者等の利用者にとっては異なる国の財務諸表が信頼可能かつ比較可能となり、企業・公認会計士(作成者・監査人)にとっても連結財務諸表の作成・監査が国際的に標準化され、負担のかからないものとなります。 2001年4月には、各国の会計基準設定機関と協力して、高品質で理解可能かつ強制力のある国際的な会計基準を開発するために、IASCは「国際会計基準審議会」(IASB)として改組・改称されました。IASBは、既存のIASを改訂し、独自に「国際財務報告基準」(IFRS)を作成・公表しています。IFRS(IASを含む総称)は、2001年にEUが域内における上場企業の連結財務諸表に対して2005年以降IFRSの強制適用を定めたのを契機にして、次第にグローバル・スタンダードとしての地位を固めました。さらに、IFRSへのコンバージェンス(収斂)を促進した大きな原因は、米国の会計基準設定機関(FASB)が2002年9月にIASBと「ノーウォーク合意」を締結し、IASBとの共同プロジェクトを設置し、共同作業を始めたことです。2010年には、独自の会計基準への固執を捨て、米国基準とIFRSとのコンバージェンスに向けて、IFRS策定への影響力を強める方針を明らかにしました。 このような国際的動向に対応する形で、わが国の企業会計基準委員会(ASBJ)も2007年8月にIASBと「東京合意」を結び、2011年5月末までに日本基準のIFRSへのコンバージェンスを完了することを取り決めました。これに応じて、金融庁の諮問機関である企業会計審議会は、2009年6月に「我が国における国際会計基準の取扱いに関する意見書(中間報告)」を公表し、2010年3月期の年度の連結財務諸表からIFRSの任意適用を認めました。IFRS任意適用第1号として、日本電波工業株式会社が2010年6月25日に有価証券報告書を提出しています。なお、IFRSの強制適用の判断の時期については、12年を目途にして、強制適用に当たっては判断時期から少なくとも3年間の準備期間を要することになっています。つまり、2012年に強制適用の時期を判断する場合には、早ければ2015年からIFRSは強制適用されることになります。 21世紀に入り、会計基準の国際的コンバージェンスあるいはIFRSのアドプション(全面導入)が現在進行中であり、「会計基準の黒船」が到来していると言えるでしょう。

公認会計士試験の出題範囲にIFRS

2011年の公認会計士試験の出題範囲の要旨(財務会計論)において、「国際会計基準等における代替的な考え方も出題範囲とする」と初めて明記されました。国際的な資本市場で資金調達し、グローバルに営業活動に行っている多国籍企業等の連結財務諸表を監査する公認会計士にとって、IFRSの習得は必要不可欠となっています。すなわち、公認会計士試験の受験者にとっても、ある程度のIFRSの知識が求められるようになったわけです。 IFRSの特徴の一つとしては、国際的な資本市場における投資者等の意思決定目的である「将来キャッシュ・フローの予測」に適合する財務情報を提供するために、投資者等にとって有用な公正価値(市場価値、割引現在価値)・見積数値が大幅に利用されていることです。たとえば、一部の金融資産・有形固定資産等に時価評価を認め、退職給付債務・資産除去債務等には割引現在価値を用いており、その割引率・割引期間は財務上の仮定による予測数値です。また、リース会計・連結会計では、法的形式よりも経済的実態の判断を重視する「経済的実質優先主義」が採用されています。リース資産は、法的所有権を保有しなくても、経済的実態を考慮して貸借対照表に計上され、経済的企業集団を支配力基準により判定することは経済的実質優先主義に基づいていると言えます。さらに、「資産負債アプローチ」の観点から期首・期末の純資産の変動として算定される「包括利益」が、経営者のコントロールできない外部的経済事象(不可抗力性・非反復性・付随性の経済事象)から生じる損益を含む財務指標として重要視されています。 一般に、日・米基準が詳細かつ具体的な会計規定を設ける「細則主義」(rule-based approach)であるのに対して、IFRSでは、原則的な規定を設け、基本的には例外規定を設けない「原則主義」(principle-based approach)が採用されています。たとえば、わが国では、ファイナンス・リース取引の要件として90%以上の現在価値基準、75%以上の経済的耐用年数基準があり、さらに所有権移転ファイナンス・リースと所有権移転外ファイナンス・リースに分けて異なる会計処理が要求されていますが、IFRSではそのような細かい規定はありません。 経済的実質優先思考を重視するIFRSを使いこなすためには、取引の経済的な実態を正しく分析する能力、専門家としての実質的な判断が必要とされます。細則主義から原則主義に日本の会計基準が変更されるならば、公認会計士試験の出題も「覚える会計学」から「考える会計学」にシフトするものと思われます。つまり、IFRSを取り入れると、会計処理方法の解釈や適用方法は、会計人の裁量に任されることになり、会計人の力量が問われることになりました。

高度な専門性・国際性と職業倫理を備えた公認会計士に

IFRSへのコンバージェンス・アドプションが進行している状況下にあっては、前述したように、「覚える会計学」から「考える会計学」にシフトせざるを得ません。IFRSが原則主義を採用していることから、個別的・具体的な会計問題に対して会計人の適切な判断、専門的な能力・説明責任が問われることになります。企業の経済実態を的確に把握し、真実かつ公正な財務諸表が作成されているかをチェックできる高度な専門能力・職業倫理に則って、公的に説明できる表現能力が求められるからです。つまり、原則主義のIFRSの導入により、会計人に多種・多様な会計問題に対して適時・的確な判断、それを支える高度な専門知識とともに、財務諸表の国際的比較可能性・信頼性を保証するためには高い職業倫理と説明能力も求められます。これからの公認会計士の理想像は、高度な専門性・国際性と職業倫理・表現能力を兼ね備えた人材です。 このような公認会計士になるためには、言うまでもなく、国家試験を通過しなければなりません。公認会計士試験論述試験に合格するためには、それ相当の専門知識と表現能力(文章力)が必要です。理論問題では、問題文を深く読み、出題者の出題意図をよく理解することにより、問われている論点について必要不可欠な専門用語を正確に使い、読み手(試験委員)に伝わるように明確な文章で解答しなければ、高い評価が得られません。文章力を身に付けるためには、新聞の「社説」を半年ほど書き写すことを勧めます(最低限、句読点も気にしながら「社説」を熟読すればよいと思います)。稚拙な文章による解答(たとえば、杜撰な句読点打ち、幼稚な通俗的用語の使用)、出題意図とは異なった解答(方向性が違う独り善がり的な解答)では点数は取れません。 「梅経寒苦香」(梅は寒苦を経て香し)と言います。苦しい受験期間を経て、合格という成果を獲得できるわけです。ただし、合格しても一人前の公認会計士になったわけではありません。国際的な一流の公認会計士になるためには、合格に腰掛けて甘んずることなく、更なる努力が必要です。「百尺竿頭進一歩」(百尺の竿頭に一歩を進む)という禅語があります。「長い竿の先からさらに一歩を進めるように、どこまでも向上心をもって物事に当たれ!」という意味です。難関の国家試験に合格するという目標に向かって、高い向上心と強固な忍耐力をもってただ専一に精進し、良い結果を勝ち取って下さい。

■主要著書

  • 「英国会計基準の研究」(単著、同文舘、昭和63年)
  • 「企業実体維持会計論-ドイツ実体維持会計学説及びその影響-」(単著、同文館、平成3年
  • Accounting in Japan :An International Perspective(T.E.Cooke共著,テイハン,平成3年)
  • Financial Reporting in Japan:Regulation, Practice and Environment(T.E.Cooke共著、Blakwell,1992年)
  • 「国際会計の研究」(単著、創成社、平成6年)
  • 「多国籍企業会計論(三訂版)」(単著、創成社、平成14年)
  • 『国際的会計概念フレームワークの構築-英国会計の概念フレームワークを中心として-』(単著、同文館出版、平成14年)
  • 『税制革命』(単著、税務経理協会、平成20年)
  • 『「企業会計基準」の解明』(単著、税務経理協会、平成20年)
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