今、世界中に国際財務報告基準(IFRS)が各国への浸透を始めています。日本でも2009年6月より金融庁が国際財務報告基準(IFRS)の採用に向けて大きく動き出しており、今後の動向が気になります。今回は、国際財務報告基準の今後を、関西大学名誉教授であり、公認会計士・税理士として実務にも精通しておられる大倉雄次郎先生にお話をお伺いしてみました。
国際財務報告基準導入の企業会計への影響関西大学名誉教授・公認会計士・税理士 大倉 雄次郎
IFRS(国際財務報告基準)導入の広がり
IFRSの利用が、EUでの強制適用をはじめとして全世界に広がりを見せています。
特に米国証券取引委員会(SEC)は米国企業が海外進出時に米国基準以外の基準に基づき作成し、SECに提出する財務諸表に対してSEC基準との数値の調整を要求する規則がありましたが2007年にいたってこれを廃止しています。
さらに2008年8月にSECは米国企業についても2014年から2016年にかけて段階的にIFRSを強制適用する案を提示しました。
これが我が国にも大きな影響を及ぼし2008年の企業会計審議会企画調整部会においてIFRSの導入について検討され、2009年に「我が国における国際会計基準の取り扱いについて(中間報告)」が出され、導入の動きが本格化しています。
現在会社を分類すると次のような形になっています。
①上場企業約3,900社、②金融商品取引法に基づく開示企業(①を除く)約1,000社、③会社法大会社(①と②を除く有価証券提出会社)約10,000社、④それ以外の会社2,500,000社です。
現在IFRS導入の対象会社や対象財務諸表(連結・個別)の決定などの検討が慎重にされています。
国際会計基準の任意適用に伴う連結財務諸表規則の改正
2010年3月期より国際的な事業活動や資金調達のための財務活動を行う上場会社への任意適用を認めました。2015年ないし2016年にはIFRSの強制適用とする目標で、この実施について2012年に判断する予定です。
連結財務諸表に対するIFRSの任意適用会社を「特定会社」と呼ぶことになります。
特定会社は、国際的な財務活動または事業活動を行う会社として次に掲げる要件のいずれかを満たすものです。
第一に、株式公開要件で、発行する株式が金融商品取引所(法2⑯)の上場、認可金融商品取引業協会の店頭売買有価証券として登録のこと、すなわち上場されていること。
第二に、特段の取り組み要件として、有価証券報告書において連結財務諸表の適正性を確保するための特段の取り組みに関する記載を行っていること。
第三に、体制整備要件として、指定国際会計基準に関する十分な知識を有する役員または使用人を置いており当該基準に基づく連結財務諸表を適正に作成することができる体制を整備していること。
第四に、国際活動要件ですが、これは外国の法令に基づいて国際会計基準に従って作成した企業内容に関する書類を開示していることなどの国際的な財務活動と外国に連結子会社を有していて国際的な事業活動をおこなっていることです。
これら上記の要件を満たさない企業であるにもかかわらず、IFRS導入を宣伝・歌い文句にした「誤ったIFRSブランド」のできることを阻止できるのです。
IFRS導入のメリット
IFRSが導入された場合は、その条文は日本語で翻訳されて作成されることになりますから、語学の心配はないと言えますが、企業の多角化により全世界に英文で発表することになります。しかし、専門会計用語は会計基準の知識があれば英文そのものは難しいことはありません。
この語学問題は翻訳で解消されるため純粋にIFRSが導入された場合のメリットについては、次のように言えるでしょう。
第一に、世界的な会計基準であるIFRSによる作成で、今までアニュアルレポートにつけられていたレジェンドはなくなります。
第二に、ジャパンプレミアムが解消されるため世界市場への上場や社債発行など資金調達が容易となります。
第三に、海外子会社の財務諸表が世界共通基準となるため国ごとの財務諸表の作成が不要となるため、コスト削減が可能となります。
第四に、IFRSによる財務報告が財務会計と管理会計の統合によりセグメント報告の活用により、海外子会社の予算・業績管理の統一指標として使用できるようになります。
第五に、日本の証券市場への海外企業の参入が容易になり、市場が活気付くといえます。
IFRS導入の懸念される点
他方、IFRS導入の懸念される点について考えてみましょう。
第一に、IFRSの基本思考は、資産負債観ですから、公正価値評価となり、事業用資産をふくむ全面時価会計の方向となれば、従来の当期業績主義利益から包括利益に移行することになり、その影響で評価損や減損会計が盛んになります。企業の業績が収益確保のための努力とその成果ではなく、時価というものに影響を受け企業の業績が見えにくいという面が指摘されています。
第二に、経済環境の悪化が直接に会計数値に反映されるため、業績の急激な変動が予想され、これにより政治的判断の介入を許し、時価会計の一部停止で騒がれるということもありうるのではないかと懸念する向きもあります。
第三に、欧米と日本の文化・会計慣習・会計制度の経緯の違いを無視した、さらに複数の会計基準からの選択の無視によるシングル・アドプションの弊害が懸念されます。
といっても或るアジアの国のように自国基準を現在IFRSに完全移行しているつもりでも、例外を認め過ぎたことにより国際会計基準審査会(IASB)からはIFRSと同等とは認められず、むしろ日本やアメリカは自国基準でもIFRSと同等と認められているという皮肉な結果もあります。
第四に、もともと会計基準は学問性より経済社会における基幹システムですから、IFRSの理論性の欠如を指摘する向きも一部にはありますが、システムとはそのような限界を持つことは否めません。
第五に、IFRSメンバーの14人の過半数の8人が米英のため、日本の影響力の不足により、リーダー(先導者)からフロアー(従者)になる可能性を指摘する向きもあり、我が国の主張が取り入れられないという心配があります。
第六に、我が国においては、企業を投機的な投資家の乗っ取りや一部の裏社会からの攻撃に備えるために持ち合い株が根付いています。包括利益によって、この持ち合い株の評価損益が影響を受けることになります。同様に年金の積立過不足などが影響を受けることになります。
第七に、企業結合会計基準では日本はのれんを20年以内の規則的償却としているのに対して、欧米ではパーチェス法の強制適用からのれんの非償却のため2007年度の主要欧米企業ののれん代は総資産の40%に達しているといわれています。しかものれんを減損の対象とするときに国際会計基準では、十分な自己資本があるかどうかを見る必要があります。
会計システムとしてのIFRSの導入が、我が国企業経営においてプラスに働くように、今懸念されている事項を踏まえて各企業が導入時に体制の整備が望まれます。
著書多数
「パナソニックとキャノンに学ぶ経営改革にための会計戦略」(中央経済社)
「連結会計ディスクロージャー論」(中央経済社)
「税務会計論–新会社法対応–」(森山書店)
「戦略会計論–経営・会計・税務の理論と実務–」(税務経理協会)
「連結納税会計論」(関西大学出版部)
「企業価値会計論」(中央経済社)
「新会社法と会計」(税務経理協会)
等20冊
テレビ出演
NHK教育TV視点論点
ホームページ
http://www2.ocn.ne.jp/~okuracpa/
Profile
大倉雄次郎
東証一部上場企業(製薬会社)に入社し、働きながら税理士試験、次に公認会計士試験に合格し、財務経理統括部副統括部長を経て、大分大学経済学部教授に着任。平成14年に関西大学商学部教授(商学博士・公認会計士)となり、公認会計士の受験指導にも定評がある。平成21年4月1日付で関西大学名誉教授の称号を授与される。