はじめに
これまでの執筆記事では、短答式試験の監査論について、具体的な学習内容やその特徴をお伝えしました。今回は、監査論の学習を進めるうえで、個別論点の理解に役立つようなポイントをご紹介したいと思います。監査論の学習においては、未経験の業務に対する想像力が求められることが多いため、具体的な私の監査実務での経験談も交えながら、各論点のポイントをご紹介したいと思います。
財務諸表監査の特徴を理解するうえでの重要概念:批判的機能
財務諸表監査の特徴の理解を深めるためには、監査業務に特有の重要な概念を知る必要があります。たとえば、「批判的機能」「指導的機能」等、初見ではなかなか理解が及ばないような言葉も多いのではないでしょうか。そこで、以下ではこれから監査の特徴を理解するうえでの重要な概念について、具体的なエピソードも交えながら理解を深めていきたいと思います。
まず、監査人たる公認会計士が監査の過程を通じて発揮する機能には、「批判的機能」と「指導的機能」の2つがあります。そのうち、「批判的機能」とは、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準への準拠性違反等を摘発し、もしそれが会社側によって是正されない場合には、否定的な監査意見を表明する機能のことです。
これはたとえば、監査を担当している企業の財務諸表のもととなる基礎資料などを監査している際に、財務会計論で学習するような会計基準に準拠しないような事項を発見した際に、企業に対して是正を求めるようなシチュエーションを想像してもらえれば、理解が進むのではないかと思います。企業に対して是正を求めることは、一見簡単なことのようにも思えますが、監査で遭遇する事象の中には会計基準で明確な定めのないものもあるため、特に開示書類の公表スケジュールに追われるような期末監査の時期においては、ときには監査人側と企業で会計処理を巡って緊張感のある議論が交わされることもあります。このような状況に遭遇したときでも、監査人一定品質の監査業務を遂行することが求められ、「批判的機能」はこれを支える重要な概念となります。
財務諸表監査の特徴を理解するうえでの重要概念:指導的機能
「批判的機能」と対になる機能として、「指導的機能」が挙げられます。「指導的機能」とは、財務諸表監査の過程で、会社の経営者が企業会計の基準に準拠して会計処理を行い、適正な財務諸表が作成・開示されるように適宜必要な助言等を与えることです。
ここで注意しなければならないのは、「指導的機能」として提供される助言は、あくまで監査を通じて提供される機能であって、財務諸表監査とは別契約で提供されるコンサルティング業務(財務諸表の調製を含む)ではない、ということです。実は、監査業務を提供する監査法人では、監査意見を表明する上で重要な「(企業からの)独立性」が阻害されていないか確認をするため、監査業務を既に提供している企業に対して同時にコンサルティング業務を提供する際には、非常に厳格な社内手続が求められます(簡単に言えば、企業からコンサルティング業務で多額の報酬を受け取っているような場合には、果たして監査人が監査意見を適切に表明できているか疑われることがないようにするための必要な手続が求められる、ということです)。
そんな「指導的機能」の具体例としてよく挙げられるのは、上場準備企業に対する助言の提供です。上場準備企業とは、証券取引所に上場を目指す企業のことであり、たとえば東京証券取引所では、基本的に上場前に監査法人から2期分の監査意見を受領しておく必要があり、財務諸表監査を受けても問題ないような社内体制の整備が求められます。ここで、非上場企業が上場企業(いわゆるパブリック・カンパニー)となるためには、会計基準はもちろんのこと、事業遂行に必要な関係法令を適切に準拠できていることが求められるうえ、投資家に対して十分な情報公開ができるような社内体制を構築しておく必要があります。したがって、上場準備企業に対して監査法人が監査業務を提供する場合には、上場企業に求められる水準の社内体制を構築するための助言(たとえば、決算早期化、コンプライアンス体制の整備 等)を提供することが多々あります。監査論の問題で「指導的機能」が問われた際には、以上のようなイメージをもって解答してみてください。
財務諸表監査の特徴を理解するうえでの重要概念:「倫理規則」における基本5原則
日本公認会計士協会は、公認会計士の職責及び使命を果たすために、その「倫理規則」で5つの基本原則を定めています。具体的には、「誠実性の原則」「客観性の原則」「職業的専門家としての能力及び正当な注意の原則」「守秘義務の原則」「職業的専門家としての行動の原則」の5つが定められています。
それぞれの基本原則の具体的な内容はテキストをご覧いただければと思いますが、このうち「誠実性の原則」や「職業的専門家としての行動の原則」については、なかなかイメージしづらいのではないでしょうか。
「誠実性の原則」とは、端的にいえば率直かつ正直であることを求める原則のことですが、具体的には、重要な虚偽や誤解を招く情報が含まれたり、必要な情報を省略したりして財務諸表が作成されることのないように注意することが求められる、というように考えてもらえればよいと思います。
また、「職業的専門家としての行動の原則」とは、会計士自身が職業的専門家(いわゆる監査・会計のプロフェッショナル)としての自覚を持ち、求められる法令等を遵守することを求める原則と理解していただければよいと思います。したがって、会計士という職業自体に傷をつけるような行動は慎まなければならないとされています。
おわりに
今回は、短答式試験の監査論における、財務諸表監査の特徴を理解するうえでの重要概念の具体的なポイントをご説明しました。次回も今回に引き続き、論点別の具体的なポイントをご説明しますので、乞うご期待ください。