第295条【留置権の内容】
① 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
② 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
【超訳】
① 他人の物(動産及び不動産)を占有する者が、その物に関して生じた債権を有し、その債権が弁済期にあるときは、弁済を受けるまで、債務者のみならず第三者に対しても、物の留置(占有継続)を主張することができる。留置権者に対して物の返還を求めた所有者は、引換給付判決を得ることになる。
② 物に関して生じた債権を有していても、占有が不法行為によって開始された場合と、始めは適法であったが不適法な占有になった後に債権を取得した場合には、留置権は成立しない。
【解釈・判例】
留置権の成立要件
1.その物に関して生じた債権を有すること(債権と物との牽連性)
債権が物自体より発生 | ① 賃借家屋に賃借人が支出した必要費や有益費の償還請求権(大判昭14.4.28、大判昭10.5.13)
② 寄託物の瑕疵によって損害を受けた場合の損害賠償債権 ③ 甲所有の物を乙が買受け、代金未払いのまま丙に譲渡した場合の、丙の引渡し請求に対する、甲の乙に対する代金債権(最判昭47.11.16) ④ 建物買取請求権が行使された場合の代金債権(大判昭18.2.18) →建物代金債権に基づき建物を留置する者は、建物だけでなく、敷地についても留置権を行使することができる。この場合、留置権者は、敷地については、その占有による利得を不当利得として返還しなければならない。 |
債権が物の返還請求権と同一の法律関係(若しくは事実関係)から発生 | ① 一つの修理委託契約から生じた、修理代金債権と依頼者の引渡請求権
② 売買契約が取り消された場合の、代金返還請求権と売買目的物の返還請求権 ③ 傘の取り違えという同一の事実から生じた、互いの傘の返還請求権 |
※ 牽連性が否定された事例
(1) 造作買取請求権が行使された場合の代金債権(最判昭29.1.14)
→ 造作買取請求権は、造作について生じた債権であり、建物について生じた債権ではない。
(2) 不動産の二重売買
不動産の引渡しを受けて占有していた第一の買主(甲)は、登記を得た第二の買主(乙)からの引渡請求に対して、売主の債務不履行(履行不能)を理由とする損害賠償債権に基づいて留置権を行使することはできない(最判昭43.11.21)。
→ 甲の債権は、乙の返還請求権と同一の法律関係から生じたとはいえない。
(3) 他人物売買
売主の所有物ではない物を買い受け、占有している買主は、所有者からの返還請求に対して、売主の債務不履行(履行不能)を理由とする損害賠償債権に基づいて留置権を行使することができない(最判昭51.6.17)。
【問題】
AがB及びCに対して土地を二重に譲渡し、Bに当該土地を引き渡したが、Cに登記名義を移転した場合において、CがBに対して当該土地の引渡しを要求したときは、Bは、Aに対する損害賠償請求権に基づいて、当該土地について留置権を主張することができる
【平22-12-ア:×】
【問題】
Aが、BからC所有の土地を買い、その引渡しを受けたが、Bが当該土地の所有権をAに移転することが不能となった場合において、CがAに対して当該土地の引渡しを要求したときは、Aは、Bに対する損害賠償請求権に基づいて、当該土地について留置権を主張することができる
【平22-12-ウ:×】
【問題】
Aからその所有する甲建物を賃借していたBが、Aの同意を得て甲建物に造作を設置し、賃貸借契約終了後、Aに対してその造作を買い取るべきことを請求した場合、Bは、Aに対する造作買取代金債権に基づく甲建物についての留置権を主張して、AのBに対する甲建物の明渡請求を拒むことができない
【平27-12-エ:○】
2.他人の物を占有していること
他人の物とは、占有者以外の者に属する物をいう。債務者の所有物でなくても留置権は成立する。動産でも不動産でもよい。占有は、自己占有でも代理占有でもよい。
3.占有が不法行為によって始まったものでないこと
(1) 当初に適法に有していた占有権原を喪失後、もはや占有すべき権利のないことを知りながら、なお他人の物を占有することは不法であるから、295条2項の類推適用により、占有者は留置権を行使することができない(大判大10.12.23)。
(2) 建物賃借人が債務不履行により契約を解除された後、その占有中に有益費を支出した場合でも、この有益費の償還請求権に基づいて留置権を行使できない(最判昭46.7.16)。
→ 建物の賃借人は賃貸借契約の解除前に支出した修繕費等の必要費の償還請求権に基づいて留置権を行使することができる(大判昭14.4.28)。
→ 留置権の行使中、更に支出した有益費償還請求権に基づいて留置権を行使することができる。
(3) 不適法な占有であることについて、善意であるが過失のある占有者についても295条2項が類推適用され、留置権の行使はできない(最判昭51.6.17)。
4.債権が弁済期にあること
悪意の占有者が支出した有益費の償還請求権に対して裁判所が期限の許与をした場合、留置権は成立しない(民196条2項ただし書)。
比較
留置権と同時履行の抗弁権との比較
留置権 | 同時履行の抗弁権 | |
法的性質 | 物 権 | 債 権 |
発生原因の限定 | 物に関して生ずれば契約に限定されない | 同一の双務契約から生じた対価的な債務間に限る |
拒絶の内容 | 物の留置に限る | 給付の内容を問わず履行を拒絶できる |
権利の目的 | 動産と不動産のみ | 一切の給付 |
行使の相手方 | すべての第三者に主張可能 | 双務契約上の相手方に対してだけ主張可 |
裁判上請求が認容された場合の裁判所の判決 | 引換給付判決がなされる(最判昭33.3.13) | 引換給付判決がなされる |
不可分性 | 不可分(296条) | 拒絶できる債務は相手方の不履行の度合いに応じて割合的 |
代担保による消滅 | 代担保の提供で留置権は消滅する(301条) | 代担保による消滅請求はできない |
競売の申立権 | 競売申立権がある(民執195条) | 競売申立権はない |
【問題】
留置権を行使されている者は、相当の担保を供してその消滅を請求することができるが、同時履行の抗弁権を行使されている者は、相当の担保を供してその消滅を請求することはできない
【平23-11-2:○】
【問題】
物の引渡しを求める訴訟において、留置権の主張が認められる場合は請求棄却判決となるのに対し、同時履行の抗弁権の主張が認められる場合は引換給付判決となる
【平23-11-3:×】