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伝えやすい文章の書き方を考える

「伝えやすい文章の書き方を考える」

クレアール心理学研究チーム

今月の研究テーマのご披露は、心理学研究チームによる、「伝えやすい文章の書き方を考える」です。受験生の皆様に於かれましては、試験直前期のところで、試験によりましては記述式試験対策の準備が気になることと思います。

そこで今月は、文章の書き方につきまして、心理学研究チームに登場いただき、読み手の心理的側面を考えながら読まれる文章の書き方テクニックを考察し、整理をしてみました。先人の知見を理解し整理を試みた本稿が、その通りの出来になっていかは甚だ心もとないところでありますが、、少しでも皆様のお役に立てましたら幸いとの思いで、発表させていただきました。

ご一読頂け、お役に立てましたら幸いです。

はじめに

私たちは「読む」「聞く」「話す」に比べて、書くのは苦手だという人は多いのではないでしょうか。
というのは書く際には心に浮かんだことをそのまま心に言葉にするのではなく、論理的に組み立てる力が必要になるからです。論理力とは、「一文を作るルール」「文と文をつなぐルール」を理解して正しく使う力、すなわち国語力にほかなりません。

かといって、国語を一から学ぶ必要はないのです。なぜなら皆さんは既に学校で国語という教科を学習済みなのですから。学校で学んだ国語の文法は、暗記するだけの約束事ではなく、言葉や文という要素をつなぎ、論理を組み立てるための重要なツールなのです。
日本語の使い方には共通のルールがあります。そのルールを意識することで、最も早くしかも 確実に正確な文章が書けるようになるはずです。

話すことと書くことの違い

文章は、誰にも見せることのない日記やメモなどの例外を除いて、基本的には誰かに読んでもらうために書くものです。それを前提にすると、話すことと書くことは大きく次の3点で異なります。

  • ①文章は会話できない
  • ②文章は修正がきかない
  • ③文章には他の手がかりがない

①文章は会話できない

会話は一人では成立しません。相槌を打ってくれる相手が必要です。その相手は時には質問してくれたり微笑んでくれたりします。会話はそうやって二人あるいは複数の人間が作り上げるものです。

それに対して文章は書き手が独力で完成させるものです。もしその文章が分かりにくかったとしても聞き返してくれる人はどこにもいません。

②文章は修正がきかない

会話はたとえ間違ったことを言ってもそれを修正することができるし、相手もいつでも聞き返すことができます。相手の表情や反応を見て、会話の方向性を軌道修正することができるし、ときには間をとったり、話題を変えたりします。つまり、会話は未完成のまま提出され、未完成のまま消えていくものなのです。

ところが、文章はひとたびメールやブログ、企画書などであなたの手を離れたら、それは完成品として提出され、あなたもそれを修正することも困難になります。

③文章には他の手がかりがない

会話では同じ内容でも、その時のあなたの声の大きさ、調子、抑揚などで相手の伝わり方が大きく異なります。
微笑んで話したのか、深刻な表情で話したのかでも、相手を受ける印象を大きく異なります。わかりにくい時は身振り、手振りを補助手段として使うこともできるのです。ときには紙に何かを書いて説明するなど、補助手段はいくらでもあるのです。

ところが文章にはそれがありません。読み手にあなたが微笑みにかけることも、ジェスチャーを使うことも当然できないのです。全ては文章の中で表現しなければなりません。

言葉の共通の規則「文法」「論理」

私達一人ひとりは体験も教養も考え方も感性も異なります。たとえ親子の間でもそう簡単には分かり合うことができません。そのため同じテキストでもそれでも理解の仕方は異なってくるのです。書く側はそのことを常に意識する必要があります。私たちがそう簡単には分かり合えないと思った時、それでも相手とたとえ細い糸であっても互いに理解し合いたいと願った時、私たちは言葉の共通の規則を頼りにするしかありません。この規則には2種類あります。

一つは日本語の規則です。文法と言うと無味乾燥なものを暗記させられたという記憶があるかもしれませんが、誰にも通じる日本語の規則を使っているから、私たちは互いに日本語でコミュニケーションをすることが可能なのです。

もう一つは論理という規則。私たちは一人一人異なる感覚を加えて、不特定多数の他者に対して、ある程度正確に自分の主張を伝えることができるのです。私たち生涯にわたって日本語で物を考える以上、日本語を論理的に使う技術を習得する必要があるのです。

まずは主語・述語に注目

主語と述語は文章の基本です。国語の学習はこの主語と述語から始めるべきなのです。なぜなら主語と述語は一番の要点となる大切な言葉だからです。どんな文章にも要点となる箇所と飾りの箇所とがあります。

文章を読む時には、当然要点に着目していくことになります。ただ漠然と読んで行くと、言葉の数だけ意味があるのですから、膨大な意味の情報が入ってきて、その結果頭の中がごちゃごちゃしてしまいます。ところが、要点だけをつかんでいくと、論理構造が明快とになり、頭の中が整理されてスッキリします。

企画書などのビジネス文章を書く場合も まず要点をしっかりと決めます。そして次に、その要点に対して飾りの言葉を加えることによって、より具体的な肉付けを行います。そうした文章は非常に明快で、しかも生き生きとしたものになるのです。

気持ち悪い「主語と述語のねじれ」

ビジネスパーソンは、書いた文章に誤りがあるようでは信頼が得られません。最も多い間違いが「主語と述語のねじれ」です。特に長い文章を書いていると、いつのまにか最初の主語を忘れ、主語と述語がねじれた文章になってしまうことが案外多いものです。

例1
(ねじれ)次の人事では、私の希望は経理の部署に異動したい。
(改善例)次の人事では、私の希望は経理の部署に異動することだ。
(改善例)次の人事では、私の希望は経理の部署に異動したい。
例2(時制の不一致)
(ねじれ)部下に担当業務の進捗状況を報告させたところ、担当業務内容を正確に把握していないことが判明しています。
(改善例)部下に担当業務の進捗状況を報告させたところ、担当業務内容を正確に把握していないことが判明しました。

接続語

何か文章書くのは、伝えなければならないという情報がある時です。ビジネス文章においては、そのことが誤解なく伝わるというのは必須の条件です。書いた企画書が人によって様々に異なる解釈がされてしまうようなら、それは企画書としては失敗です。不特定多数の他者に誤解なく伝えるには、論理的に文章を書かなければなりません。そのために必要なのが言葉の規則、特に接続語の使い方です。

逆接の後に来るのが筆者の主張

国語のルールでは、「逆接」の後に来るのが筆者の主張です。自分が話したいことをただ述べるだけでは、意外と相手の心には残りません。同じように自分の書きたいことをただ並べるだけの文章も読み手の記憶には残りません。受け手は文章に何も引っかかる箇所がないと、いくら大切なことであっても全ては素通りしてしまうからです。大切なことは一旦相手に考えさせること。そのためには本当に伝えたいことは後に置いておくべきなのです。

まずAを持ち出して、相手にAについて考えさせます。その上で逆接を持ち出し、その後に本当に伝えたいBを提示するのです。例えばただ「私はAだと思う」と述べたところで、読み手はその瞬間は「そうですか」と受け止めるかもしれませんが、後には何も残りません。いったん誰もが納得しそうなAを持ち出して、「そうですか」と相手に思わせておいてから、「だか」と逆接を持ち出した方が、相手に強烈な印象を持たせることができます。その時逆接の接続語はレバーの切り替えとなった相手の意識のあり方を操作することになるのです。そうやって相手の意識をいったん反対の方に誘導してから、逆接の後、私はBだと思うと自分の主張を提示すればいいのです。

具体から抽象へ抽象から具体へ

「すなわち」「つまり」「要するに」などがそれで、前の内容を言い換えたりまとめたりするものです。
国語では具体→抽象という流れが、「つまり」「要する」になどで、前の文章の具体的内容まとめ一般化するときに使います。逆に抽象→具体という流れが。「例えば」などの例示で、抽象的な命題に対して具体的な事例を証拠としてあげるときに使います 論理とは言葉をこうした 日本語の規則に従って使うことです

例示で論証する

論理的な文章では、自分の主張は必ず不特定多数の他社に対して論証する必要があります。論証のないものは単なる感想で主張とは認められません。主張には論証責任が伴いますので、よく使うシグナルが「例えば」という例示を示す接続語です。
文章を書くときは、いつも読み手が頭に思い浮かべられるように具体例を示すと分かりやすくなります。例えばあなたの企画を文章にする時も、単なる抽象論ではなく、その企画の内容が目の前にイメージできるようにわかりやすい具体例を挙げる必要があります。

話題を転換する接続語

大切な接続語の一つに、「さて」「では」のような 話題の転換を示すものがあります。実は この何の変哲もない言葉が意外と重要な役割を果たしてくれるのです。

私たちの意識は一つのことにしか集中できないようになってます。人の話を聞いてる時でも、Aという話題だと思っているのに、知らないうちに B の話題を持ち出されると、頭の中がすっかり混乱してしまいます。

文章の場合も同じで、書き手はAならそのことを論証するべきで、それが証明されないうちに突然次の B という話題を持ち出されると、読み手は論理的に飛躍があるように感じてしまいます。

人は元々主観的な読み方をするのが自然なので、書き手が読み手を誘導していかなければなりません。そこで話題を変えるときは必ず 「さて」といった話題の転換の接続語を使います。すると、読み手の意識は自ずと 次の話題に切り替えようとします。

また「だから」とあれば 読み手は因果関係を頭に置き、次の展開を自然と予測するし、「しかし」とあれば 次に流れがひっくり返ると予測します。「例えば」とあれば 具体例を想起し、その例は主張を裏付ける例だろうと受け取って読んでいきます。

「つまり」とあれば、今までの説明をここでまとめてくれるだろうと予測し、「さて」とあれば話題が変わるのだと新しい話題に意識を集中させようとします。

接続語は論理的な文章を書く際、最も大切な言葉であり、接続詞を用いることで、わかりやすく誤解されない文章が出来上がるのです。

参考文献
ビジネスマンのための国語力トレーニング 出口汪 日本経済新聞社

 

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