MENU
サイトのセキュリティ

プライバシーマーク
株式会社クレアールは一般財団法人日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)からプライバシーマーク(Pマーク)を取得しております。


株式会社クレアールは情報セキュリティマネジメン トシステム(ISMS)の適合性評価制度の認証を取得しております

クレアールのWebサイトはセコムのEV SSLサーバー証明書による認証を受けています。

サイトをリニューアルいたしました。

研究テーマ:「金融工学と国民性について」

執筆:クレアールスタッフ金融経済研究チーム

目次

「本稿の目的」

2018年はサッカーのワールドカップ開催の年でした。
優勝したフランスの強さは流石のものでしたし、日本も見事1次リーグ突破はしたもののトーナメントで勝ち進むところまではもう少しかかりそうですね。日本にとって、決勝トーナメントでいくつ勝てるか、が今後の課題となりそうです。

それはさておき、2002年の日韓ワールドカップ以降、日本が大活躍で勝利したときには都心の交差点を歩行者天国のように若者が大騒ぎで渡り歩く光景が見られるようになりました。

これは明らかに交通違反であるわけですが、その人たちにとりましては、そのひと時に仲間と何かを共有できる喜びがあふれているのかもしれません。もちろん万が一とは思いますが、赤信号を無視して横断歩道を渡っている場合は、車との衝突や事故はあっても、その人たちは文句は言えません。運転手さんは、はなはだ迷惑ですが。
そういう意味では信号無視とは、命と引き換えに何らかのプレミアムを享受している?とでも言ってよいのでしょうか?なかなか解釈の難しいところです。

本稿では、このような人間感の相反する嗜好に対する選択の問題を、金融工学の知見を手がかりに考えて、一般的には高度な数学が駆使される金融工学の論理を、数学を使わずに展開し、日常生活の中に活かせる論理に再構築し、広く紹介していくことを目的とします。
因みに冒頭のワールドカップ時の騒ぎ、足許ではハロウイン騒ぎで交通事故ならぬ車の破壊行為として再現されましたことは、嗜好の選択問題以前にいただけないことです。

 

あるテレビ番組の一コマで見る選択と嗜好の国民性

(これはある小説家のエッセイから少々借りてきた話題ですが、アジアのある国でのTVバラエティショーのひとつのコーナー企画でのことでした。その国は交通マナーがお世辞にも良いとは言えず、日本のように深夜誰も渡っていない交差点で、律儀に赤信号で止まるドライバーはほとんど見られないということでした。
では、逆説的に「深夜の誰も渡らない交差点で赤信号で律儀に車を止めたドライバーがいたら、テレビ番組で賞品を進呈します」という実験を行ったそうです。その中で、何人目のドライバーが赤信号で止まったか、をクイズ問題にして視聴者に当てさせようとしました。

TVレポーターは一晩かけて、その横断歩道から少し離れた物陰に寒い季節にずっと凍えながら待ち伏せしていたそうです。が、一晩かけて朝になってもレポーターは賞品を渡すことができませんでした。なぜなら一人も赤信号で止まらなかったからです。要するに通った車のドライバーは全員が信号無視をしていました。それではクイズになりませんね。

そのTV番組は、この企画の面白さが国内では成立しなかったので、ならば交通マナーが良いとされる日本では、誰も歩いていない交差点で何人目のドライバーなら赤信号で止まってくれるのか、その実験もしたそうです。

その実験の答えは簡単。
一人目で既に赤信号で止まったので、賞品プレゼントをかけたクイズは一発で終了。これまた番組としては面白くはなかったことでしょう。

 

デリバティブに置き換えてみると

 この「車が1台も通っていない交差点で赤信号のとき、渡るか渡らないか」は、リスクをとった金融商品(デリバティブなど)の初歩的な考え方になんだか似ている気がします。

より早く横断歩道を渡れば、目的地に短い時間で着くこともできるし、余った時間で何か他のことができるでしょう。時間短縮とそれによる別の果実の享受、これをひとつのプレミアムだと捉えるとしたら、「車が1台も通っていない交差点で赤信号が青になるまでずっと待つ」という、我々のような国民性のなしうる行動計画性のようなものは機会損失といえるのでしょうか。

機会損失といえるかどうかはさておき、律儀に信号が青になるまで待つ、これはリスクもプレミアムも増えもしなければ減ることもない、と捉えることもできるかもしれません(こちらは赤で停止しているのに信号無視の車が歩行者に突っ込んでくるとか、そういった突発事故まで計算に入れるとかなり難しい論証になりそうなので、この辺にとどめたいと思います

 

日本人のリスク嗜好

さて、日本人はタンス預金が多い、とよく言われますが、このようなことは国民性の違いからくるのでしょうか。
リスクを侵さないというのは、良いことのようにも思われますが、反面、自分から仕掛けるというような積極性を示さないと何の結果も生まれない局面では、特に我々日本人にとって、行動を前のめりにしてリスクを取りに行くという行為は勇気がいることかもしれません。

現代では特に、値動きのある金融商品のリスクやリターン、理論的な価格変動等を、数学やコンピューターを駆使して数値化し、分析し、リスクヘッジやリスクマネジメントに役立たせたり、投資や資産運用の意思決定に役立たせたりすることや研究する学問のことを「金融工学」と呼ぶようになりました。
有名な研究としては、1950年代に出された現代ポートフォリオ理論や、1970年代のデリバティブの価格理論などが挙げられます。
かなり難しい理論に踏み込んでしまいそうですが、金融工学という、金融に関する数学的な理論を形成する土台の中には、デリバティブの価格決定理論とともにリスク管理を支えるリスク管理理論も含まれています。

例えば、天候や災害など自分ではどうしようもないときに、それが自分の商売と関係するような因果関係も含んでいるとしたら、やはりその損失はなんとか食い止めなければいけません。近年は電力デリバティブ、地震デリバティブなる金融派生商品も開発され販売されています。
その意味でいえば、自らのリスクヘッジには不得手に思われてきた日本人でも、天候からくる商売のリスクヘッジについては、かなり昔から知恵を絞ってきたといえます。

 

日本人のリスクに対する知恵

その代表的なものが米を扱った先物取引「帳合米(ちょうあいまい)取引」が、今の先物取引の原型と言われています。
農作物を使った先物取引はオランダにもチューリップの球根を扱った取引や、はるか古代ギリシャではオリーブの搾り器を貸し出すための先物取引の原型などもありますが、日本も実は先祖が生み出した日本生まれのデリバティブがあったということになります。
その中で、日本の米取引では堂島米会所(どうじまこめかいしょ)が有名です。

堂島米会所とは、享保15年8月13日(1730年9月24日)大坂堂島に開設された米の取引所で、当時大坂は全国の年貢米が集まるところで、米会所では米の所有権を示す米切手が売買されていました。ここでは、正米取引と帳合米取引が行われていましたが、前者は現物取引、後者は先物取引とされています。敷銀という証拠金を積むだけで、差金決済による先物取引が可能だったそうで、現代の基本的な先物市場の仕組みを備えた、世界初の整備された先物取引市場であったということになります。

米取引が現物取引ではなく、帳合米取引が盛んになったのには理由があります。
米は現物の移動も大変だったり、保存に場所をとったり品質を一定に管理しなければならないなど手間がかかります。そこで帳合米取引、要するに米の先物取引が発明されました。

また、決済については、現金と米を使って決済する「受渡(うけわたし)決済」もできましたが、取引の主流は、満期日に行う「差金(さきん)決済」で、帳面を合わせて利益と損失の差額部分だけのやり取りをしていました。

紙面の都合もありますが、ごく簡単に米の先物取引のイメージを表してみましょう。

たとえばお米を材料にした食品を作って販売する製造者などは、秋の米の収穫まで待ってから米の価格を知るのでは商機に遅れてしまいます。もっと前の時点で材料の価格を知り、自社の商品の販売価格を考えていかないと商売を回していくことができません。
そのようなニーズがあるということは、収穫時を待たずに6月や7月くらいにも取引をして予め買い付ける値段を指定しておく、という方法をとればリスクを軽減することができます。これは先物によるヘッジ取引とも呼ばれます。

天候がよい年であれば、豊作となり在庫がだぶつき値が崩れる可能性がありますし、逆に天候が不順な年であれば在庫が少なめとなり、市場の値段は上がることが予想されます。

その時、将来の値が上がりそうなら「買い」が有利かもしれません。また、将来下がると予想されるのであれば、「売り」から入っていき、反対売買で利益を確定させることもできます。値は上がるのか下がるのか、の予想だけでなく、価格のリスクを前持って分析し、商品の安定的な供給のためにも先物取引は利用されているともいえます。

こういった考え方を現代の証券取引のようなイメージで言い換えますと、例えば、ある企業の現在1株150円の株を買いたいとします。ただし、手元には資金が90円しかなく、1ヵ月先に現金200円が入る予定があるとします。しかし、1ヵ月先もその株が同じ150円かどうかはわかりません。もし人気が出て300円になっていたらせっかく200円の手持ち金があっても買えません。このような状況のとき、「コール・オプション」(例えば、1ヵ月後に200円で手に入れる「権利」)を買う、という方法があります。

そうすれば、もし300円になっても、権利を行使して200円で購入できますし、逆に200円よりも安い値になっていたら、200円で購入する権利を放棄してその時の時価で購入することもできます。どちらにしても株が手に入り、購入できないというリスクはヘッジされます(※実際には取引開始前に証拠金を積む必要があったり、取引における取扱手数料などの費用がかかります)。

このように、金融派生商品は本来、金融にまつわるリスクヘッジ手段として開発されたのですが、複雑な仕組みの商品になればなるほど正確な価値の付け方や、リスク評価が困難なこと、投機的な側面があったり、資金力が豊富な投資家に市場が左右され得る可能性があることなど、予想通りにいかないこともあります。
現代社会では、サブプライムローンのような事件や、ちょうど10年前に起こったリーマン・ショックなど急激な潮流の変化があることも記憶にまだ新しいかと思います。

 

終わりに

例えばマイホームの購入についても近年では、家の購入にかかるローンも証券化することによって金融商品と同類と考えるべきで、住み心地や家族の幸福という(お金で測れない)質の追求はもちろん必要であると同時に、将来の金融的な価値を考えて投資すべきだという考え方も出てきています。
高度成長期であれば家を持つことが一生の到達点という意識があったかもしれませんが、近年の少子高齢化社会では人口は減少し、地価もバブル期のような高騰時とは時代が変わっていますし、他のアジア圏の趨勢・動きにも注視している状況の中で、何にどれだけ投資すべきか、家族の後世や幸福の享受のためにどんな影響があるか、など資産運用について十分に考慮すべき時代になっています。

金融関連の実務では金融工学は現在の世の中では当然のように扱われている学問ではありますが、金融的な失敗が家庭内での資産形成の失敗につながる恐れも近年では起こり得る状況です。

そのような失敗が起こらぬよう、また仮に起こっても損害を最小限に食い止めるよう、金融工学の学問としての一層の深化は、お茶の間の間でも知識として学ぶ必要が出てきているように思います。

以上

(参考文献)
金融工学—経済学入門シリーズ (日経文庫)/木島 正明
金融工学、こんなに面白い (文春新書) /野口 悠紀雄
カラー図解でわかる金融工学「超」入門 投資のプロがやさしく教えるデリバティブ&リスク管理の考え方 (サイエンス・アイ新書)/田渕 直也
(参考サイト)

 

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次
閉じる