サクラサク

まいどです。
年度変わりをはさんでしまったので,
1か月ぶりの更新になってしまいました。
今年度もよろしくお願いいたします。

さて,今回は「花」のお話です。

この季節,新幹線に乗って車窓を眺めていますと,
あちこちで桜が満開になっているのを見ることができます。
川沿いの桜並木や道路沿いに植えられた桜,
神社の境内に咲く桜や,学校の中にもたくさんの桜が咲いています。
こうして見てみると,
やはり桜は日本を代表する花といえるでしょう。

日本では,特に「国花」というものは指定されていませんが,
世界の国々の中にはちゃんと「国花」を決めているところもあります。
有名なところでは,
スイスは「エーデルワイス」,
オランダは「チューリップ」です。
いずれもイメージ通りの花ですね。
身近なところでは,
韓国は「槿(むくげ)」だそうです。
(むしろ韓国語の「ムグンファ」のほうが有名かもしれません)

ちょっと不思議なのはカナダで,
国花として指定されているのは「サトウカエデ」です。

……それって「花」じゃなくて「木」やん!

おっしゃる通り。
カナダの国旗の中央にデザインされている,
あの葉っぱを持つ木です。
このサトウカエデの樹液を煮詰めたものがいわゆる「メープルシロップ」です。
確かにカナダを代表する植物ではありますが,
「花」ではないのでは……

実は,カナダ以外にも,
国花として「木」を指定している国は他にもあります。
レバノンでは「レバノンスギ」,
キプロスは「オリーブ」,
アフリカのリベリアにいたっては「コショウ」です。
樹木のほかにも,
たとえばスロベニアでは「小麦」,
スロバキアでは「ジャガイモ」と,
穀物やイモ類が国花になっているところもあります。

どうやら,「国花」とはいうものの,
その国を代表する植物であればOKのようですね。

先ほど,
日本では特に「国花」は指定されていないと書きましたが,
実際には「桜」と「菊」が事実上の国花となっています。
菊のほうは皇室を象徴する花ですし,
(皇室の紋章はいわゆる「十六菊花紋」ですね)
桜は皆さんご存知の通りです。

ところで,この季節になりますと,
日本人は「お花見」というイベントにこぞって参加します。
この「お花見」ですが,
海外の方々から見ると非常に奇異な習慣に映るらしく,
私も「なぜ日本人はみんな花見に行きたがるのか?」と質問されたことがあります。
よく聞いてみますと,
桜を愛でること自体は理解できるらしいのですが,
(海外でも桜は人気があり,満開の桜の下でピクニックをしていたりします)
みんなで飲んだくれて酔っ払っている状態が理解できないそうです。
海外では,基本的に公共の場で飲酒できないことが多く,
ましてや桜は公園など,まさに公共の場にあることがほとんどですから,
元来「花見酒」ということができない環境にあります。
そういった方々から見ると,
日本のお花見は一種の「お祭り」のように感じられるようですね。

最近では,
海外の方にも日本の「お花見文化」が数多く紹介されていて,
これを楽しみに来日される方も多いらしいですよ。

次回は桜そのもののお話をしたいと思います。

銀河超特急999号

まいどです。
前回は新幹線の系列番号や「ドクターイエロー」について書きましたが,
今回は「機関車」についてです。

新幹線などはいわゆる「電車」ですが,
貨物列車を牽引している車両は「機関車」といいます。

この機関車にはいろいろな種類があります。
その動力源だけをみても,
電気の力で走る「電気機関車」,
軽油を燃料にして走る「ディーゼル機関車」,
そしてもちろん「蒸気機関車」などです。

この機関車ですが,
JRが所有している機関車の形式番号は「EF81」とか「DE10」とかになっています。
この「EF」とか「DE」という記号のうち,
先頭の「E」や「D」は機関車の動力の種類を表しています。
「E」はElectricで「電気機関車」を,
「D」はDieselで「ディーゼル機関車」を指します。

では蒸気機関車はSteamで「S」かというと,
そんな記号はありません。
蒸気機関車が登場した当初は,
機関車といえば蒸気機関車のことでしたので,
特に「蒸気」と断る必要がなかったんですね。

蒸気機関車の形式番号として有名なものには,
「D51」や「C62」があります。
このうちD51は「デゴイチ」の愛称で知られていますね。
D51は主として貨物列車用の蒸気機関車で,
1,100両以上も生産され,蒸気機関車の代名詞にもなっています。
これに対して,
C62のほうは「シロクニ」と呼ばれたりしています。
こちらは旅客列車用の蒸気機関車で,
生産両数49両と少なくなっていますが,
松本零士先生の漫画「銀河鉄道999」でお馴染みです。
ちなみに,「999」でのC62は,
原作漫画と映画版では実際に存在した“48号機”が登場していますが,
これは松本零士先生が48号機のプレートを所有していたから,だそうです。
一方,テレビアニメ版では架空の車両である“50号機”が登場しています。

ところで,この「D」や「C」ですが,
機関車の動力による分類ではありません。

蒸気機関車を横から見るとわかりますが,
前のほうに小さな車輪がいくつかあり,
真ん中に大きな車輪が3つないし4つ,
後方運転台当たりにまた小さな車輪が1つか2つ見える,
という構造になっています。
この大きな車輪がいわゆる「動輪」で,
蒸気機関からの力が伝わる車輪になっています。

実は,「D形」はこの動輪の数が片側4つ(4軸と表現します),
「C形」は動輪の数が3軸になっています。
これは現代の機関車でも同じルールになっていて,
たとえば「EF81」の「F」は6軸,
つまり横から見ると車輪が6つある車両であることを意味しています。
同様に,「DE10」の「E」は5軸の機関車,
「DD51」の2つ目の「D」は4軸の機関車であるという意味です。
現在では,「EH500」,つまり「H」なので8軸の機関車も登場しています。

いまはあまり見る機会も減ってしまった蒸気機関車ですが,
思わぬところで歴史は連綿と受け継がれているんですね。

そういえば,
先ほどの蒸気機関車の話で,
D51は貨物列車用,C62は旅客列車用と書きましたが,
これは蒸気機関車の特性と関係があります。
蒸気機関車は動輪が大きいほうが高速を出すことができるのですが,
動輪を大きくすると(車輪が大きくなりますから)軸の数を減らさざるをえません。
一方,軸の数が多いと(車輪の数が増えることで)力強い牽引が可能になります。
そこで,
高速性能を求められる旅客列車用の機関車は,
軸の数は少ないけど動輪の大きいC形を,
長大な貨物列車を牽引する機関車は,
動輪は小さめだけど軸の数の多いD形を使っていたわけです。

スピードの「C」,パワーの「D」ってところですね。

幸せの黄色い・・・・・・

まいどです。
このところ気温の上下動が激しいですが、
皆さまの体調はいかがでしょうか?
今回は新幹線のお話です。

来る3月17の土曜日,
JRグループでは春のダイヤ改正が行われます。
それはいいことなのですが,
これまで東海道・山陽新幹線で長らく運行されてきた,
「100系」と呼ばれる車両と「300系」と呼ばれる車両が引退します。

新幹線を頻繁に利用している身としては,
一抹の寂しさもありますが,
この「100系」とか「300系」とかいう名称は,
いわゆる「車両系列」のことでして,
まあ「車両のバージョンナンバー」と思っていただいていいかと思います。

1964年に東海道新幹線が開通した当初の車両は単に「新幹線電車」と呼ばれていました。
(これがのちに「0系」と呼ばれることになるわけですが)
あの先頭が丸っこい車両ですね。
長らく0系のみの運用が続きましたが,
1985年に先頭の形状がスマートになった100系が投入され,
300系は1992年から登場しました。
(試作先行車は1990年に登場)
300系車両というと,
先頭がロボ○ップみたいなヤツです。

じゃあ200系はないの?

もちろん200系も存在します。
新幹線200系電車は東北新幹線および上越新幹線用の車両で,
実は100系よりも先に登場しています(1980年)。

なんで後から出てきたほうが若い番号をつけてるの?
と思う方もいらっしゃるでしょう。

これは,当時東海道・山陽新幹線の車両系列番号は百の位が奇数,
東北・上越新幹線の車両系列番号は百の位が偶数,
というルールが作られたからです。
なので,100系より先に登場したにもかかわらず「200系」となっているわけです。
また,新幹線車両で初めて並列番号を付けたのがこの「200系」で,
これを受けて従来の「新幹線電車」が「0系」と呼ばれるようになりました。

ちなみに200系電車はまだ現役でがんばっています。
形状は改造を受けたりしていろいろな種類がありますが,
概ね0系および100系に準じています。

この後,
400系(山形新幹線「つばさ」として運用),
500系(東海道・山陽新幹線,戦闘機みたいな先頭形状の車両です),
700系(現在でも東海道・山陽新幹線の主力です)
N700系などが登場しますが,
600系という系列はありません。
もともと600系も予定されていたんですが,
JR東日本が系列番号の付け方を変更してしまったために,
600系車両は「E1系」と呼ばれることになってしまいました。
そのため,600系は欠番になってしまっています。

現在では,
800系(九州新幹線で使用)が旅客車両としてはもっとも大きい系列番号となっていますが,
実は「900系」も存在します。
ですが,これらは「非営業車両」で,
呼称も「900系」ではなく本当は「900形(がた)」となります。

そう,鉄道ファンにはおなじみの「ドクターイエロー」です。

皆さんは,「黄色い新幹線」を見たことはないですか?
あれは旅客営業用の車両ではなく,正式には
「新幹線電気軌道総合試験車(しんかんせんでんききどうそうごうしけんしゃ)」
(長い!)といいます。

要するに,
新幹線が安全に運行するためのさまざまな試験を行っている車両です。
めったにお目にかかれないので,
「出会うといいことがある」
という都市伝説もあります。

皆さんも,
もし見かけたら願い事の一つ二つしてみてはいかがでしょうか。

摂関政治の残照

まいどです。
多忙のため一週間お休みしてしまいましたが,
今回も苗字のお話です。

前回,
日本の苗字10傑を書きましたが,
そのなかで「1位→佐藤」「6位→伊藤」「10位→加藤(または斎藤)」と,
「○藤」姓が多かったことに気がつかれた方もいらっしゃることと思います。
この「○藤」姓は,
ほとんどがかの「藤原氏」に由来するそうです。

「佐藤」姓は,
平安時代の中期に「佐衛門尉(さえもんのじょう)」という役職に就いたことから,
「『佐』衛門尉の『藤』原氏」ということで『佐藤』と名乗ったのが始まりのようです。
このほかにも,役所名や役職名がついた藤原氏ゆかりの姓には次のようなものがあります。

斎藤 …… 伊勢神宮に仕える「斎宮(さいくう)」の長である「斎宮頭」から。
工藤 …… 藤原為憲が「大工助(もくのすけ)」という官職についたことから。
内藤 …… 藤原秀郷の子孫が「内舎人(うどねり)」という官職についたことから。
進藤 …… 「修理進(しりのしん)」という官職名から。
武藤 …… 「武者所」という役所に仕えた藤原頼平がルーツらしいです。

伊藤姓や加藤姓のほうは,
地名と藤原氏が結びついてできたとする説が一般的です。
ただ,伊藤姓は微妙で,
「伊勢の藤原氏」または「伊豆の藤原氏」というもののほかに,
「伊勢守(いせのかみ)」という官職名からきているものもあるようです。
加藤姓はもちろん「加賀の藤原氏」ですね。
ほかにも紀州の藤原氏なら「紀藤」,
遠江の藤原氏なら「遠藤」,
信濃の藤原氏なら「信藤」となります。
また,先ほど登場した「武藤」にも,
「武蔵の藤原氏」で武藤,という場合もあるようです。

それにしても,
佐藤姓が全国1位になるほど多いのはどうしてでしょうか?

それは,
戦国時代の大名に「佐藤氏」がいないからだ,という説があります。

戦国時代,
家臣が主君と同じ名字を名乗ることは(一族の庶子を除いて)ありませんでした。
ですから,戦国時代に著名な大名家の名字は,
一部を除いて現代で名乗っている人は意外に少ないのが現状です。
たとえば,もっとも有名な大名家である「織田」は全国582位,
「毛利」は599位,「上杉」は799位,「伊達」はちょうど1,000位だそうで,
大河ドラマで有名になった「直江」は2,809位と,
軒並みベスト500にすら入れないありさまです。
戦国大名の姓のなかでは比較的多い「武田」でも,
その順位は81位と決して高くありません。
「宇喜多」や「長宗我部」にいたっては,
それぞれ23,450位,43,203位という順位です。
(私の知人にも「宇喜多さん」や「長宗我部さん」はいないです……)

いわれてみれば,
「徳川さん」にもなかなかお目にかかれませんね。
(徳川は5,289位です)

ところが,
全国的に「佐藤氏」という大名が存在しなかったために,
佐藤姓を持つ臣下が主君の姓に憚って改姓したりする必要性がなかったことが,
全国的に佐藤姓が増える原因のひとつとなったというものです。

鈴木氏のほうは,
前回書きましたように紀州雑賀衆の姓でもありますが,
鈴木姓が広まったのは江戸時代以降のことだそうですので,
(そのころには紀州は徳川家ですね)
そのまま鈴木姓を用いる人も多かったようです。

苗字も調べてみると面白いものです。
皆さんも一度ご自身の苗字の由来などを調べてみてはいかがでしょうか?

多数派の存在確率

まいどです。
前回の更新から一ヶ月が経過してしまいました。
年末年始でお休みだったわけですが,
皆さんはいかが過ごされましたでしょうか。

さて,
今回は「名前」,特に「苗字」についてのお話です。

日本で多い苗字の上から10番目までは,
1位 佐藤     6位 伊藤
2位 鈴木     7位 山本
3位 高橋     8位 中村
4位 田中     9位 小林
5位 渡辺     10位 加藤(斎藤とする説もあります)
だそうです。
ちなみに私の姓である「林」は,
資料によって多少のばらつきはありますがだいたい20位前後となっています。
(一字の苗字の中では最多のようです)

この苗字,実はかなり地域差があるようで,
関西ではあまり「佐藤さん」や「鈴木さん」は見かけません。
ですから関西在住の人間としては,
「佐藤」と「鈴木」が日本のツートップと言われても,
あまりピンときません。
「田中さん」や「山本さん」には関西でもしょっちゅうお目にかかりますが……

ちなみに,
佐藤姓は北日本や徳島県に多く,
鈴木姓は関東・東海に多いそうです。
これは苗字の由来や伝播のルートなどによって影響されています。

特に,「鈴木」という姓(苗字)はもともと紀州熊野が発祥なのですが,
熊野信仰が盛んだった東日本に鈴木姓が増えることになったという説があります。
そういえば,
ゲームなどで有名な戦国時代の「雑賀孫市(孫一とも)」も,
本名は「鈴木」ですが,
紀州の雑賀衆の棟梁ですね。
もっとも,雑賀孫市は紀州鈴木氏の棟梁が代々受け継いだ名前だそうですから,
一人の名前ではありませんが。

ところで,ものの資料によると,
先ほど列挙した日本の上位10姓で,日本全体の10%を占める,とあります。
なんと上位3姓だけでも全体の4%にのぼるとか。

そこで問題です。
先ほどの「上位10傑」のうちで,
歴代首相の苗字にないものはどれでしょう?

「佐藤」「田中」「伊藤」は瞬間的に分かりますが,
あとはどうでしょうか?
「高橋」「渡辺」「山本」あたりは迷うかもしれません。

……正解は「渡辺」「中村」「小林」の3姓はまだ首相を輩出していません。
他の姓を持つ首相はそれぞれ次の通りです。
佐藤栄作 (61代,62代,63代)
鈴木貫太郎(42代)
鈴木善行 (70代)
高橋是清 (20代)
田中義一 (26代)
田中角栄 (64代,65代)
伊藤博文 (初代,5代,7代,10代)
山本権兵衛(16代,22代)
加藤友三郎(21代)
加藤高明 (24代)
(ちなみに斎藤姓では斎藤実(30代)がいます)

実に10人,のべ17代もの首相が誕生しています。

現在の野田佳彦首相は第95代,人物としては62人目なので,
上位10姓から首相が生まれる確率は代として17/95でおよそ17.9%,
人数として10/62でおよそ16.1%になります。

ん? これって,苗字全体に対する存在確率よりもかなり多いのでは?

ちょっと意外な結果になってしまいました。
首相にまでなれるほどの政治家だからといって,
何も特別変わっているわけではないようですね。
まあ,苗字だけの話ですが……
(中には幣原喜重郎の“幣原”のように35,147位,なんてのもあります)

今回はこの辺で。
次も苗字ネタは続きます。

幻のカニ part2

まいどです。
前回は幻のカニ「間人ガニ」のお話でしたが,
今回はカニのもう一方の雄,
タラバガニについてです。

タラバガニといえば,
蒸したり焼いたりすると,
濃厚な身が大変美味しいカニですが,
(私もズワイガニよりはタラバガニのほうが好きです)
このカニ,
よく見ると他のカニと少し違った点があります。

ズワイガニなどのカニは,
鋏脚を入れて5対の脚がありますが,
タラバガニには4対しか脚がありません。
実は5対目の脚もあることはあるのですが,
非常に小さくて,
しかも鰓室(鰓があるところ)の中に入り込んでいて,
外からはほとんど見えません。

それだけではありません。
よく見ると,
鋏脚も他のカニのように左右対称ではありません。
右の鋏のほうが左の鋏より大きくなっています。
また,
メスの腹部も,
一般的なカニのように左右対称になっていません。
(まあ,そんなところまで見る人は少ないとは思いますが……)
歩くときも,
カニのくせに?縦方向に歩くことができます。

もうおわかりですね。
タラバガニは「カニ」という名前がついていますが,
本当はカニの仲間ではなく,
実は「ヤドカリ」の仲間です。

タラバガニは,
生物学的には「タラバガニ科タラバガニ属」に属していますが,
この「タラバガニ科」は「ヤドカリ上科」の中にあります。

先ほどの「5対目の脚」(専門的には『第5歩脚』といいます)に関する特徴も,
ヤドカリ類に共通して見られる特徴です。

このタラバガニ以外にも,
北海道でよく獲れる「ハナサキガニ」と呼ばれるカニも,
同じようにヤドカリの仲間です。
(別名コンブガニといいまして,これも大変美味しいカニです)
食用という点で言えば,
沖縄県の一部で食用になっている「ヤシガニ」もヤドカリの仲間ですね。
こちらは見たまんまヤドカリですが……
(ヤシガニは「ヤドカリ上科オカヤドカリ科」に属します)

それにしても,
大きいものになると全長1m以上にもなるタラバガニや,
重さ4kg以上にもなるヤシガニが,
ヤドカリの仲間であるというのも驚きです。

ちなみに,
「タラバガニ」という名前は,
その生息域がタラ(鱈)の漁場と重なるところからきているそうです。
漢字で書くと「鱈場蟹」なわけですね。

生物の世界も,
いろいろ細かく見ていくと結構不思議なことがあるものです。

幻のカニ

まいどです。
急に寒くなってきましたね。
皆さんは風邪などひいておられませんでしょうか。
体調には十分お気を付けください。

寒くなってくると,
鍋ものが恋しくなってきますが,
今回は鍋に欠かせない食材,「カニ」についてです。

カニの代表といえば,
カニすきなんかによく使われる「ズワイガニ」でしょう。
ズワイガニは日本で水揚げされるカニの中でも特に重要な食用種で,
近年では高級食材としても人気ですね。
東京でカニすきを食べようとすると,
一人前5,000円前後だそうですが,
大阪だとだいたい3,000円以内で食べることができます。
そういえば,
大阪には有名なカニのお店「かに道楽」があります。
(いまや関東にもたくさんありますが)
「と~れとれ,ぴ~ちぴち,かに料理~」
というキダ・タロー先生作曲のCMソングは,
関西人ならほとんどの人がご存じでしょう。

ところで,
関西では冬になると,
電車の車内吊り広告などで「日帰りカニツアー」の文字をたくさん見かけます。
これらの広告をよく見ると,
「越前ガニを食べよう!」や「松葉ガニ食べ放題!」となっていて,
いろんなカニの種類があるように見えます。
でも,広告の写真を見るとどちらもズワイガニみたいで,
見分けがつきません。

どこが違うの?
どっちが美味しいの?

実は,
「越前ガニ」も「松葉ガニ」も同じズワイガニで,
水揚げされた港によってそれぞれ「ブランド化」されているものです。
越前ガニは福井県内の越前漁港や三国港で水揚げされたもの,
松葉ガニは山陰地方を中心に水揚げされたものを指します。
それ以外の港,富山県以北や北海道で水揚げされたものは,
まとめて「ズワイガニ」と呼ばれます。

この「松葉ガニ」はさらに細かくブランド化がなされていて,
「隠岐松葉ガニ」「鳥取松葉ガニ」「津居山ガニ」などのブランドカニがいます。
これらのカニには,
他のカニと区別するために特定のタグをつけています。
特に京都府北部・丹後地方にある間人漁港で水揚げされたものは「間人ガニ」と呼ばれ,
「幻のカニ」と呼ばれています。
ちなみに読み方は「たいざがに」です。

……ちょっと普通では読めないですね。

この間人ガニだけは,
数あるブランドカニの中でもずば抜けて高級品とされています。
その理由は,
現代のほとんどのズワイガニ漁が大型船で沖合に数日間停泊して操業するのに対して,
間人では小型漁船での「日帰り操業」を行っていて,
とれたカニはすべて当日水揚げを行うので,
鮮度が抜群に良いからです。
ただし,日帰り操業ですから,
天候などによって出漁できないことも多々あり,
(冬の日本海はよく時化ます)
水揚げが安定しないことから,
「幻」と呼ばれるわけです。
最近では通信販売も行っているようですが,
やはり間人ガニは間人まで出かけて食べないと,
という方が多いですね。
私はまだ食べたことはありませんが……

次回もカニ話は続きます。

郵便配達も大変

まいどです。
今回も京都の住所についてです。

皆さんは,
「京都市上京区堀川下之町」
という場所をご存知でしょうか?
京都にお住まいの方以外はもちろん聞き覚えがないでしょうが,
京都市民でもあまり知られていないかもしれません。

しかしこの住所,
地名マニアの人には結構有名な場所です。
具体的な場所は,
二条城のすぐ東側を通っている堀川通を二条城からさらに北のほうに向かい,
陰陽師の安倍晴明ゆかりの晴明神社の手前,
一条通と中立売通(なかだちうりどおり)の間です。

といっても,
その場所に行っても「堀川下之町」という住所は見当たりません。

それもそのはずで,
この「堀川下之町」は,町域のすべてが堀川通の道路になっているんです。

つまり,
町名としては存在していますが(ちゃんと地図にも載っています),
町域には住民はおろか,
建造物すらない,
という妙なことになってしまっています。
同様の町は「堀川下之町」のほかにもう一ヶ所,
「京都市上京区橋詰町」
があります。
この町も全域が堀川通の下敷きになっています。

どうしてこんな変なことになっているかといいますと,
「堀川通」という通り,また「堀川」そのものが辿った歴史に原因があります。
堀川通はその名の通り「堀川」という川沿いにある通りですが,
この堀川は現在では今出川通と御池通の間の2kmほどしか地上に出ていません。
(残りは蓋をされて道路の下,いわゆる暗渠になっています)
しかし昔は水量もかなり多く,
友禅染(京都で有名な絹織物の染物です)の染色にも利用されていました。
この堀川の両岸に,
かつては「東堀川通」と「西堀川通」がありましたが,
この頃は通り幅もそれほど広くはありませんでした。
この状況が長く続きましたが,
堀川西岸の西堀川通が第二次世界大戦時に防火帯として機能させられることになり,
道幅を広げると同時に沿道の家屋が強制疎開させられ,
西堀川通は「堀川通」と呼ばれるようになりました。
この時に,堀川下之町と橋詰町は,
その全域が堀川通の下敷きになってしまったわけです。

普通はこの時点で町名そのものが消えてしまいそうですが……

やはり京都は歴史と伝統の町ですから,
町名だけはちゃんと残しておこう,
ということなのかもしれません。

ちなみに,先ほどの「東堀川通」は,
堀川が地上に出ている区間の東側に残っています。
また「西堀川通」という通りは,
七条通から南側の部分に残っています。

京都市上京区には,
このほかにも「住民0」の町が結構あります。
なんといってもひとつの町域が狭いところが多いので,
建造物はあっても商業ビルだったりとかで,
住民がいないわけですね。
特に上京区正親町(“おおぎちょう”と読みます)は,
町域が新町通りをはさんで新町小学校と上京中学校の敷地になっていて,
しかもなぜか両校ともグラウンドになっています。

ところで,
同じ上京区には「扇町」という場所もあり,
読みも「おうぎちょう」なので正親町と同じ読みになります。
しかもこの「扇町」は上京区内に2ヶ所あり,
一方は京都御所の北東付近に,
もう一方はそれより北西に1.5km以上離れた場所,
日本最初の天満宮として有名な「水火天満宮」のところにあります。
上京区内にはこのような“同一町名”がかなりたくさんあり,
(資料によるとなんと33組もあるそうです)
これらを区別するためにも「通り名」を使った住所が必要なわけですね。

それにしても,
住所は長いわ同じ地名は頻発するわで,
昔の郵便配達の人はさぞ大変だったことでしょう。

上ル下ル西入東入

まいどです。
今回は京都のお話です。

有名な話ですが,
京都の市街地には独特の「住所表示法」があります。

たとえば歴史上有名な「本能寺」の住所は,
「京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522」となっています。
やたらと長い住所ですが,
これにはちょっとしたわけがあります。

通常の町の住居表示では,
「○○市□□区△△町◇丁目××番地」や
「●●市▲▲▲×××番地」
みたいになっていると思います。
もちろん地域によって多少の差はありますが,
概ね都市部では「市名」「(あれば)区名」「町名」「丁目」「番地」の形式,
それ以外の地域では「市名」「大字名」「字名」「番地」のような形式が多いと思います。
(「大字」は“おおあざ”,「字」は“あざ”と読みます)
ちなみに,
前者の形式を「住居表示」,
後者の形式を「地番表示」というそうです。
実際の住所としては,
「大阪市北区浮田2丁目○○-○」
「鹿児島県指宿市山川岡児ヶ水○○○番地」
のようになっています。

この例に当てはめると,
本能寺の住所は「京都市中京区下本能寺前町522」だけでよさそうな気もします。
つまり,
真ん中に挟まっている「寺町通御池下ル」の部分が多いわけですね。
では,
この「寺町通御池下ル」というのは何なのでしょうか?

皆さんご承知のように,
京都のまちは「碁盤目状」になっていると言われています。
要は道路が東西および南北に伸びているわけですが,
京都ではこの道にそれぞれ「○○通」という名前がついています。
たとえば南北の通として有名なものには,
JR京都駅前から東本願寺の前を通る「烏丸通」(からすまどおり)や,
二条城のすぐ東側を通っている「堀川通」,
京都随一の若者の繁華街で高瀬川沿いの「木屋町通」などがあります。
また東西方向の通では,
京都市役所の目の前を通っている「御池通」(おいけどおり),
祇園祭の山鉾巡行で有名な「四条通」,
嵐山のほうまでずうっと続いている「丸太町通」なんかがあります。

そこで問題の「寺町通御池下ル」ですが,
これは「通」の名前を基準にして「位置」そのものを直接表している,
ということになります。
具体的には,
「この場所は『寺町通』沿いの『御池通』からちょっと下がったところです」
ということを表現しています。
京都は歴史も古く,
昔からこの「通り名」を使った「住所表示法」を利用していたため,
現代にもそれが引き継がれているわけです。

ただ,
ここで疑問に思うのが……

「下ル」ってどういうこと?

これは京都独特の表現で,
南に向かうことを「下ル」または「下る」(さがる,と読みます),
北に向かうことを「上ル」または「上る」(あがる,と読みます)と表現しています。
つまり,
南北に伸びている寺町通沿いに歩いて,
東西方向の御池通とぶつかった辻をちょっと南の方向に行ったところが本能寺の位置,
ということになります。

もっとも,
現在の本能寺は,
秀吉が移転させた後の場所にあるので,
いわゆる「本能寺の変」があった場所ではありませんが……

ところで,
京都の住所には「六角通富小路東入」なんてのもあります。
この「東入」(ひがしいる,と読みます)は,
その字の通り「東に入る」ことを表しています。
この「六角通富小路東入」だと,
東西方向の六角通沿いで南北方向の富小路通との辻を東に進んだところ,
ということになります。
もちろん逆方向の「西に入る」ことは「西入」(にしいる)となります。

慣れてみれば非常に便利な表現方法で,
タクシーなんかに乗ったときは行き先を伝えるのに重宝しますが,
不慣れな人にとっては煩わしく感じられるかもしれませんね。

それにしてもこの表現方法,
なんだか「座標」のようで妙に数学的な気がするのは私だけでしょうか。

トウモロコシの真実

まいどです。
今回は穀物生産量のお話です。

総務省統計局発行の「世界の統計2011」によりますと,
2009年度における主要穀物の生産量は以下のようになっています。

穀類総計  2,489,302,000 t
米   678,688,000 t(ただし,精米後重量ではなく籾付きでの重量)
小麦   681,916,000 t
大麦   150,272,000 t
トウモロコシ 817,111,000 t

……生産量はトウモロコシが最大なんですね。
これはイモ類の合計(752,632,000 t )や大豆(222,269,000 t )と比べても,
大きい値となっています。

米や小麦の生産量が多いのは納得できますが,
トウモロコシの生産量がこれほど多いのはちょっと意外かもしれません。
世界的に見て,
トウモロコシを主食としているのは,
メキシコなどの中米の国々や東アフリカ諸国などですが,
人口比的に見ても米や小麦をしのぐ消費量が必要だとは思えないですよね。

実は,
トウモロコシの生産量がこれほど膨大になっているのは,
「飼料用作物」として非常に重要だからです。

私たちが「穀物」と呼んでいる作物のほとんどすべては,
家畜の飼料(要するにエサですね)としても利用されています。
なかでもトウモロコシは,
世界生産量の実に64%が飼料用として消費されています。
(小麦の場合は世界生産量の16%が飼料用だそうです)
穀物全体では,
総生産量の35%が飼料用とされているという統計もあります。

これは,
「畜産」という産業の形態上,
肉類を生産するために大量の飼料が必要となってしまうことに原因があります。

資料によって数値にばらつきはありますが,
牛肉1kgを生産するために,
穀物がおよそ8~11kgほど必要だといわれています。
また豚肉1kgならば穀物7kg,鶏肉1kgならば穀物4kg,
さらに日本では重要食材である鶏卵も,
1kg生産するためには穀物が3kgほど必要になります。
ですから,
中国などの人口大国で肉食が普及するということは,
穀物の需給状況に対して非常に大きな影響を与えることになります。

少し古い統計によりますと,
サハラ以南のアフリカ諸国における一人あたりの年間穀物直接摂取量は,
およそ123kgだそうです。
また,牛肉大国であるアメリカの年間牛肉生産量はおよそ1,200万トンですから,
単純に計算すると,
アメリカの牛肉生産量を1%削減するだけで,
これらの地域の人々およそ1,000万人が食べていけることになります。
実際には,
これらの人々も穀物のみで生活しているわけではないので,
こんなに単純にはいきませんが,
今後,世界の食糧事情が逼迫してくれば,
先進国の畜産のあり方に疑問を呈する国々も増えてくるかもしれません。
正直なところ,
飼料用として消費されている穀物をそのまま人間の食用として供すれば,
世界中で飢餓に瀕している多くの人々が救われることになるわけですから。

そもそも,
人間が主食としていた穀物を,
家畜がこれほど消費する状況が生じたのは,
わりと最近の話です。
もともと牛をはじめとする家畜たちは,
牧草などを主として食べていたわけで,
(まさに「草食」です)
穀物などを与えられてはいませんでした。
ところが,家畜,特に食肉を生産する専門家が現れるようになると,
エサとして牧草を食べさせているよりも,
トウモロコシなどの穀物を与えたほうが成長も早く,
また肉質も格段によくなることがわかり,
一気に「穀物食」が増加した,
という経緯があったようです。

普段は何気なく食べている「お肉」ですが,
これからは少しだけ穀物消費のことも考えるようにしたいですね。

ところで,
私たち日本人の年間牛肉消費量は一人あたりおよそ10kg,
つまり一か月あたり800gあまりということになりますが,
先進国の中ではあまり大きな値ではありません。
これが「牛肉大国」アメリカですと,
年間一人あたりおよそ38kg前後ですから,
(これでも以前よりは減少しています)
日本の4倍近い牛肉を消費しています。
ちなみに,
統計上で一人あたりの牛肉消費量がもっとも大きいのは南米のウルグアイで,
なんと年間で60kgを超えています。

1日あたり170gって……
でもまあ,
某ハンバーガーチェーンのビーフパテ2枚分ぐらいですから,
日本人でも毎日これぐらい食べている人はいるかもしれません。

そういえば,
ウルグアイとアルゼンチンは,
この某チェーンの「ビッグ○○○」が世界でもっとも安価な国としても有名です。
(日本の半分以下だそうです)

今回は少し長くなってしまいました。
次はネタが変わる予定です。

とはいえ,
私たち日本人が米を主食としていることは間違いないわけですが,
世界的にみると,
米を主食としている地域は東アジアおよび東南アジアがほとんどで,
その他には西アフリカの一部の国などしかありません。
(セネガルなんかがそうです)
カレーライスのイメージからインドも米を主食としている印象を受けますが,
インドでは地域によって,
ナンやチャパティと呼ばれる小麦原料の食品を主食としている場合も多いようです。
意外なのはスペインで,
基本的に米が「主食」扱いされています。
そういえばパエリアなどの米料理は有名ですね。
ちなみにイタリア料理にもリゾットなどの米料理がありますが,
イタリアではパスタやパンもたくさん食べるので,
主食となる品目が特定されにくいようです。

ところで,
欧米では「パン」が主食だと思っている方も多いかと思いますが,
イタリアのように「これが主食!」というものがあまりないお国もたくさんあります。

典型的なのがアメリカで,
一般的なアメリカ人の方々はそもそも「主食」という概念を持っていないようです。
一応,それなりにパンは食べますが,
夕食で肉料理と一緒に供される場合にはパンは付合わせ的な存在ですし,
ハンバーガーやサンドイッチとしてパンを食べる場合にも,
パンに具材をはさんでいるという感覚ではなく,
「ハンバーガー」や「サンドイッチ」という一つの料理としてとらえています。
パスタなんかもたくさん食べられていますし,
朝食ではシリアルやオートミールをメインとしている家庭も数多くあります。

むしろ,
多くのアメリカ人にとって日本における米のような役割を果たしている
のは,
「肉(特に牛肉)」ではないでしょうか。
日本人はよく「米を食わないと力が出ん!」とか言ったりしますが,
(オヤジ的な年齢の人は特によく言います)
同じように「肉を食わないと力が出ない!」と感じているアメリカ人も多いようです。

最近の若い日本人,
特に「肉食系女子」と呼ばれている方々の中には,
アメリカ人寄りの感覚の持ち主もいらっしゃるかもしれませんが……

ヨーロッパでも,
パンよりもジャガイモなどを主食として食べている国がたくさんあります。
(アイルランドやイギリス,ドイツなどがそうです)

話を戻しますと,
日本人が「欧米はパンが主食」と感じてしまっている原因は,
おそらく学校給食に原因があるものと思われます。

現在では,
どの小学校でも普通に米飯給食がありますが,
私たちが小学生の頃には給食といえば「もれなく」パンでした。
しかもかならず副食(おかず)のメニューもついてきたので,
それこそパンを主食(というか「ごはん」)のような扱いで食べていたわけです。
さらに当時は,
パンという食べ物は欧米(というかアメリカ)から入ってきたもの,
というイメージが強かったために,
素朴な小学生は「欧米の主食はパンなんだ~」と思っちゃったんですね。

余談ですが,
当時の学校給食は「パン+おかず+牛乳」が基本型だったので,
おかずが純和食的なものだと,
かなり不気味な組み合わせになってしまうこともありました。

学校給食ネタは結構面白いのですが,
ものすごく長くなりそうなので,
機会を改めて書くことにしましょう。
今回はこの辺で。

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